【本の話をしよう】
累計160万部の名作『夏の庭-The Friends-』で知られる作家、湯本香樹実(かずみ)さんが作品集『夜の木の下で』を刊行した。少年少女時代の記憶と「いま」が交錯する短編6編が収録されている。
収録作品は1996年頃から2014年までにかけて執筆されたが、まるで書き下ろし作品のような共通したトーンを持つ。「以前の作品を大幅に書き改めたんです。当時はできなかったことをできて、とても幸せです」
それは、自身の短編との向き合い方の変化に根ざしているという。「長い作品を書くときは、自分もその世界の中へと潜り込んで一緒に進んでいく。でも、そのやり方だと短編では破綻してしまう。じゃあ、どういう視点を持てばいいのか、と悩んでいました。けれど、ここ10年ぐらいで『時間』というもののとらえ方が自分の中で変わってきたんです。目の前の瞬間瞬間ではなく、時間の積み重ね、つまり時間の『層』の中を生きているのではないかと」
時間の『層』を生きるとは?
「一直線に過去から未来へと向かう時間軸の中に私たちは立っているけれど、一人一人の心の中には、その人が経験してきた時間がすべてひとしく存在している。それが心のありようなのではないか。短編も同じで、短いけれど、豊かな時間をはらんでいると思うのです」