長い俳優生活で西田敏行(67)がオーケストラの指揮者を演じたのは初めてのことだった。「指揮者とはいったい何をする人なのだろう。まず、そこが僕の出発点でした」。とりわけ恥ずかしがるふうでもなく、むしろ充実感いっぱいの表情で語る姿には、ベテラン俳優のすごみすら漂っていた。
好奇心が原動力
人は年齢を重ねれば、生活環境の変化を嫌うようになり、少しずつ保守化していく-これが凡人が歩む人生の相場といったところだろう。あえて未知の分野に踏み出すには、相当な覚悟が必要であるし、かつて心臓に病を得て休養を余儀なくされた苦い経験もあればなおさらのことだ。では、まもなく古希に手が届く西田が、チャレンジ精神を失わずにいられるのはなぜだろう。
即座に「好奇心」を挙げた。「『この人はどういう人生を歩むのだろう?』、もっと言えば『指揮者はどんな人生観を持って日々生きているのだろう?』。人間に対する僕の興味なんです。かりそめのことではありますが、僕も俳優として指揮者が眺める景色をのぞいてみて、『こういう幸せを感じているんだな』とか、『こういう慚愧(ざんき)に堪えない経験もするんだな』と、少しだけ感じることができましたよ」