著者は、失われつつある東北各地の朝市をカメラ片手に20年歩き続けた池田進一。彼がそれらの朝市で撮った写真と、そこで聞いた話をまとめた一冊なのだが、まず面食らったのは、僕がその本文を読むことができなかったからだ。
「普通のナス漬けをよ、なんずみて漬けてくる。これはきれいだべ。つとめただす。むしゃむしゃなくのも、なかなかよ。この人だなけ、じょうずなの」。これは、冒頭に登場する秋田県横手市十文字町の朝市で出会った漬物屋の婆ちゃんの話だ。そして、愛知出身の僕にとっては、婆ちゃんたちの方言が完全に異世界の言葉。理解しようというより、音として何とか体に入れようと読みすすめる。そして、いわゆる標準語で語られる著者の説明なり、解説なりを待つのだが、一向にそれは現れないではないか。
そうこうしているうちに秋田県南秋田郡五城目町の朝市に移動してしまった。フード付きの赤いはんてんを着て、完全防備で寒い朝市に座る写真がすてきなこちらの婆ちゃんは、「あんた写真屋さん?」と池田に話しかけている。「またいつか来るの?明日はどこ行くの?明日、鹿渡でしょ。森岳は八の日。二ツ井は五の日だ」なんて池田のことを心配しながら、日々続く朝市のスケジュールを淡々と話し始める。そして、読者の心に浮かぶのは「鹿渡ってどこだ?」とか「森岳の朝市の予定を知って、僕はどうすればよいのだろう?」という疑問ばかり。