松の木のイメージ、そして着物が似合う女性として、私がいちばんに思い浮かべるのは、文豪、谷崎潤一郎夫人の松子である。
谷崎潤一郎は、生涯に3度、結婚している。
最初の妻は、知人の芸者の妹で、家庭的な人。勝ち気な女性が好きな谷崎とは合わずに離婚している。友人の作家、佐藤春夫が彼女に同情し、やがて愛するようになると、谷崎夫妻は離婚、彼女が佐藤と再婚することとなり、3人連名で方々へ挨拶状を送った。当時の世情と比べて先を行きすぎていたこの3人の関係は、「細君譲渡事件」として世間をにぎわした。
2番目の妻は、21歳年下の編集者。この人ともうまくかみ合わなかったらしく、3年で離婚するが、そのあいだに知り合ったのが、当時人妻の松子だった。大阪の富裕な家に生まれた松子は、谷崎が理想とする女性像、そして上方文化の粋を体現したような人で、彼はすぐに魅了される。彼女と結ばれることで生み出されたのが『春琴抄』『細雪』など壮年期の傑作だった。