奨励会に集うのは、彼らの地元で「天才」「神童」とほめそやされてきた子供ばかりです。彼らは選ばれた人間として奨励会に入り、そこで自分と同じかそれ以上の「天才」の存在を知るのです。奨励会の門をくぐるまで、おのれの才能は確かに輝いていたのに、えりすぐりの集団の中で、その輝きは目立たなくなっていきます。彼らはまだ若いのに、年を取ることを恐れます。リミットがそれだけ近づくからです。それでもプロになるには、恐怖と戦い、ひたすら将棋を指し続けるしかありません。
しかし、どれほど死力を尽くしても、残酷な現実として、報われるのは彼らの中のごくごく一部。作品に登場する退会者の多くは、奨励会時代、将棋しかしてきていません。なのに、その唯一の居場所であった将棋の世界から、無情にも追い出されてしまうのです。
作中、メーンでエピソードが描かれるのは、北海道出身の成田英二さんという方です。彼もまた、地元では神童とあがめられながら、超天才集団の中では抜きんでることができませんでした。彼は奨励会を退会した後、北海道に戻り、職を転々とします。訪ねていった著者の描写では、けっして良い暮らしをしているとはいえません。夢破れたからといって、良くも悪くも人生は終わらないのです。敗北したとしても、どれほどやりきれなくても、人は這(は)ってでも生きなければいけないという真実が、彼によって浮き彫りになります。