このあいだ取材を受けたとき、記者の人に「本谷さんは、今まで誰かからサインをもらったことはありますか?」と質問された。
私はたっぷり考え込んだあと、自信満々にこう答えた。
「ううん、私ねえ、そういうの一度もないです。」
しかし先日、机の上を整理していた私は「あっ」と声をあげて、自分の物忘れの激しさに落ち込んだ。
なぜ忘れていたのだろう。高校生の時に、たった一度だけ有名人からサインをもらったことがあったではないか。
相手は、当時クラスで流行していた番組の出演者で、中でもひときわ人気の高かった芸人のHだった。地元にできたばかりのシネコンにHが入っていくところを目撃したという情報が出回り、たまたま友人と近くにいた私はミーハー根性丸出しにのこのこ出向いたのである。その際、立ち寄ったコンビニで、当然のようにスケッチブックとマジックを購入するのを忘れなかった。
Hのサインは戦利品のように散々学校で見せびらかされたあと、わが家の居間のガラス棚の上段に、丁重に祭られることとなった。そして、それから数カ月の間に、すっかり忘れ去られたのである。