【韓国旅客船沈没】死者58人に 進まぬ捜索、怒り募らせる家族

2014.4.21 09:10

 韓国・全羅南道の珍島(チンド)沖合で旅客船「セウォル号」が沈没した事故は、発生から5日目の4月20日、船内や海上から22人の遺体を新たに収容し、船内での遺体発見と搬出が徐々に進み始めた。警察と検察の合同捜査本部によると、事故による死者は58人で、244人が行方不明となっている。

 不明者捜索は軌道に乗り始めたかたちだが、潮流の強さに加え、視界の悪い水中での作業は困難な状況が続いている。19日には捜索に当たっていた海軍兵士1人が死亡した。

 現場海域には、沈没船引き揚げ用の大型クレーン5隻が待機している。船内に空気が残り、生存者がいる可能性が残っている一方、クレーンによる引き揚げ時には、船内の空気が抜ける恐れがあり、引き揚げに対する行方不明者の家族の意見はそれぞれ異なっている。

 一方、沈没船の乗務員はすでに逮捕された船長(68)や事故当時操船していた女性3等航海士(25)ら29人だが、操縦など船の運航に直接かかわっていた乗務員15人は、全員救助されていたことが判明した。

 政府の対策本部は20日、事故当時の海上交通管制センターと船の交信内容を公開。センターが「船長が判断して脱出させて」と促すなどの生々しい状況が記録されていた。交信は約30分後に途切れ、船員らが乗客の救護を放棄し、先に脱出した様子もうかがわせた。

 船長ら乗務員の責任感のなさや難航する捜索、韓国政府の発表内容が次々に変わることなどに、行方不明者の家族らは怒りを募らせている。(珍島=韓国南西部 加藤達也、ソウル 名村隆寛/SANKEI EXPRESS)

 ≪乗客捨てた「海の男」 救護放棄、いち早く脱出≫

 過去に自衛隊が救助

 韓国・珍島沖合で起きた旅客船「セウォル号」の沈没事故では、乗客ら300人以上が死亡、行方不明となる一方で、逮捕されたイ・ジュンソク船長(68)をはじめ、船の航行に直接関わる乗務員は全員救助された。経歴の浅い3等航海士に操縦業務を任せ、乗客を見捨て、いち早く沈没現場から逃げた船長の無責任さに非難が集まっている。

 韓国メディアが伝えた生存者の証言によると、4月16日午前8時55分ごろ船が左に傾き、船長ら運航当事者が操縦室で対応に当たった。すでに60度ほど傾いていた船は約40分後、90度に傾いた。この間、船内では「動かず待機」するよう放送が続いた。

 救命ボート投下が不可能との報告を受け船長は午前9時40分ごろ、脱出命令を出した。乗客に放送があったのは午前10時15分。船長と航海士約10人はすでに脱出し、救命ボートで救出。救助の際、船長は自ら船長であることを名乗らなかった。船内放送を続けた女性乗務員(22)は死亡した。

 波紋を広げているのが、船長による10年前の発言だ。

 韓国・済州島の新聞(2004年元日付)に船長のインタビューが掲載されている。この中で船長は「初めて乗った船が沖縄近海で転覆し、自衛隊がヘリコプターで救助してくれた。あの時、救助されなかったら、今の私はなかった」と語っている。

 台風など危険な時については、「人とはずる賢い。だが、危機を乗り越えればそんな思いは消える。それで私は今日まで船に乗っている」と、今回の対応とは正反対の話をしていた。

 さらには、家族らと一緒にいる時間よりも船上にいる方が長く、「故郷を訪れる方々を船に乗せ、私の分も幸せな時間を客が家族と分かち合えるようすることに慰められている」「今日も明日も、私は船と一緒にいるつもりだ」と“海の男”ぶりを堂々と口にしている。

 正月の紙面インタビューでは“海の英雄”扱いだが、海ほどには心の広い人物ではなさそうだ。救助後には、行方不明者の安否が気遣われる中、宿舎の部屋では、海水でぬれた1万ウォン札(約1000円)を何枚か、ひとり広げて乾かしていた姿が目撃されている。(ソウル 名村隆寛/SANKEI EXPRESS)

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