台湾 総統選始動、テーマは「中国との対話」

2014.5.30 09:10

 【国際情勢分析】

 台湾の政治が2016年次期総統選を視野に静かに動きはじめた。最大野党、民主進歩党は5月25日の党主席(党首)選で、馬英九(ば・えいきゅう)総統(63)に前回の総統選で敗れた蔡英文(さい・えいぶん)前主席(57)を選出。蔡氏は28日、就任式典で「政権を取り戻す」と意気込みを語った。一方、台中市内で(5月)20日、就任6周年の演説を行った馬総統は、中台間のサービス貿易協定に反発して立法院(国会に相当)議場を占拠した学生らの運動を念頭に、若者の意見を尊重する姿勢を強調したものの、発言内容に新味はなく、任期2年を残して政権が硬直化している実態を露呈した。

 馬氏、新味ない発言

 「35歳以下の男女による青年顧問団を行政院(内閣)に設置したい」

 (5月)20日、台中市の中国医薬大学で行った就任6周年の記念演説で馬総統は、こう語った。

 さらに就職難や給与水準の伸び悩み、住宅価格高騰などの問題に対し、若者の創業支援などで「若者の不安」を除く姿勢を強調してみせた。

 今年3~4月の一連のヒマワリ学生運動では、野党だけでなく多くの市民が学生らを支持し、馬総統は中台間の協定監視法の制定を約束するなど、学生らの要求に譲歩を迫られた。

 台湾では住民の約85%が中台関係の「現状維持」を望んでいるが、最大任期8年を前に後のない馬政権が中台間での政治対話への歩みを加速させている、と感じた学生らの不安が一連の運動の背景とされる。

 それでも馬総統は中国は「無視できない存在」と指摘し、「多くの台湾人が台湾の経済に有利だと考えている」として、サービス貿易協定の早期の成立を改めて呼びかけた。

 対中対話も「継続中」で学生運動は「影響しない」との見解を示したが、一定の制約を受けるという社会一般の見方を覆す具体的な説明はなかった。

 また、この日、東シナ海では中国とロシアが合同軍事演習を開始。南シナ海でも中国による石油掘削を発端にベトナムと中国が対立する中、積極的な関連発言はなく、記者の質問に、「争議棚上げ」や「資源共同開発」という台湾の従来の平和姿勢を強調するにとどまった。

 固定票逃げるジレンマ

 中国との急接近に対する社会不安を一因に馬政権の動きが鈍る中、民進党の蔡氏は28日、台北市内で行われた主席就任式で「党改革を進めて社会の期待に応え、政権を取り戻す」と語り、11月29日の大型地方選での勝利とともに、政権奪還への意欲をにじませた。

 主席の任期は2年。16年次期総統選では蔡氏が民進党候補の最右翼に陣取ったことになるが、「対中政策という難題を解かない限り、政権奪還は困難」というのが与野党共通した見方だ。

 12年総統選で蔡氏は、中国が民進党の独立志向を警戒する中、具体的な対中姿勢を打ち出せず、馬総統の再選を許し、主席を引責辞任した。

 与党・中国国民党幹部は「次期総統選も彼女が民進党の候補者だろう」と予測しつつ「中国側の納得する対中姿勢で中間層にアピールできたとしても、独立志向の強い民進党固定票が逃げるジレンマがある」という。

 「大きな一つの枠組み」

 馬政権の対中接近に示された社会の不安は与党内でも敏感な問題で、動き始めた台湾の政治への影響は小さくない。

 ポスト馬英九に最も近いとされる朱立倫(しゅ・りつりん)・新北市長(52)も、一連の学生運動に関しては「台湾の民主化を進歩させる」と一定の評価を下し、馬政権との距離を置いた。

 朱氏は4月末の民放世論調査で支持率55%と突出しており、同じ調査で蔡氏は42%と不振だった。

 「急接近での不安も、関係悪化で台湾が地域経済で孤立する不安も与えてはいけない。中国とどう向き合うかは台湾の大きな問題」と与野党幹部。思惑が交錯する中、27日には民進党の施明徳(し・めいとく)元主席(73)や、馬政権下で国家安全会議秘書長も務めた国民党員の蘇起(そ・き)氏(64)らが、馬政権の「一つの中国」に代わる新たな原則を提唱した。

 「大きな一つの中国の枠組み」の中で中台が相互に統治権を認め、併存の中で対話し、台湾の国際機関への加盟や、他国との正式な外交関係樹立の障害を除こうという考えだ。

 台湾統一をめざす中国側にとっては容認しがたい理論とみられるが、中国との対話姿勢を大きなテーマとして静かに動き始めた台湾の政治に一石を投じそうだ。(台北支局 吉村剛史(よしむら・たけし)/SANKEI EXPRESS)

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