美少女の孤高に分け入る関西弁の破壊力 「逢沢りく」著者 ほしよりこさん

2014.11.25 18:15

 【本の話をしよう】

 『きょうの猫村さん』で老若男女の心をわしづかみにしたほしよりこさんが、新作長編コミック『逢沢りく』を刊行した。関西の親族の家に預けられることになった14歳の孤高の美少女の運命を、涙も笑いもたっぷりに活写する。

 東京に暮らす中学生・りくは、おしゃれなパパとカンペキなママを持つ「ちょっと特別な存在」だ。蛇口の栓をひねるように、嘘の涙を自由自在に流すことができる。「りくは自分が涙を流すことで周りの人の気持ちをコントロールしていると思い込んでいる部分があり、そういう自意識の過剰さがあらわれているように思います」

 自分の気持ちを正直に表現することができないママと、愛人を平気でホームパーティーに呼ぶパパに挟まれ、どこか息苦しい日々を送るりく。そんなある日、ママが言い出す。「しばらく関西の大おばさんの家で暮らしてほしいの」-。

 にぎやかな家族に囲まれた大阪での暮らしが始まる。「絶対に関西には染まらない」ことを誓うりくだったが-。

 大おばさんをはじめ、ぐいぐいとりくの孤独へと分け入っていく大阪の人々。コマを埋め尽くす勢いの関西弁のパワーに読み手も圧倒される。「関西弁の力とは、とてもおしゃれで、気取ったものごとも、一瞬にしてぺたんこにしてしまう、破壊力でしょうか」

 大阪の暮らしは続くが、りくとママとの関係は意地を張り合ったまま。「向き合うことを恐れる人たちが、それでも必死にもがいて、なんとか手を差し伸べようとするさまを追いかけてみました。多くの人には共感されにくく理解しがたい感情や行動も、本人たちにとっては、それしかなかったという結果です」

 ほのぼのイメージ一変

 一方で、大おばさんは、りくはもちろん、難病を抱える幼い孫など、たくさんの家族をどっしりと受け止める。「大おばさんのすごさとは、現実の世界で、目の前に連続して起こる小さなできごとに対処し続けている人が持っている安定感でしょうか。社会の中で自分の立ち位置に折り合いをつけ、与えられた役割をこつこつこなしている人だと思います」

 率直な言葉でりくとママの心をほぐしてくれる男性陣も救いだ。「男女がわかり合えないことを前提として、男の人が持つ優しさに救いがある気がします。ちょっとしたあきらめの先に歩み寄ろうとすることで、助けられることがある気がします」

 『猫村さん』のほのぼのとした作風のイメージが強いが、今回はりくやママの抱える“痛み”をリアルに描き込んだ。「私自身は、今まで描いてきた作品と、この作品に意識の上では違いがありません」としつつも、「読者の方にとって、私の作品のイメージを覆す作品になったとしたら、それは自分でも気付かなかった広がりだと思うので、とてもうれしく思います」と語る。

 「何年も前からずっとぼんやり考えていたことを、自分の手で描きだすことによって、消化できた部分がありました。新しい疑問や課題も生まれましたが、かなりすっきりした気分です」。手応えがしっかり伝わってきた。(塩塚夢/SANKEI EXPRESS)

 ■ほし・よりこ 1974年生まれ。関西在住。ネット上で連載を始めた「きょうの猫村さん」が2005年に書籍化されて、大ベストセラーになる。その他の著書に、『僕とポーク』『カーサの猫村さん』『山とそば』、共著に『赤ずきん』(文・いしいしんじ)『「来ちゃった」』(文・酒井順子)がある。

「逢沢りく」(ほしよりこ著/文芸春秋、上下各1000円+税)

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