ベトナム 妊産婦・新生児支援 元気な赤ちゃん 笑顔が見たい

2015.4.13 15:20

 「無事に産めるまで、毎日が不安です」。インタビューでうつむきながらこう語っていたあの女性は、今頃どうしているだろうか。

 2010年10月、事業の事前調査のためにベトナムの北西部に位置するディエンビエン省のある村で当時23歳の女性に聞き取り調査を行った。この山岳地域は人口の大多数をモン族やターイ族などの少数民族が占め、ベトナム58省の中でも最も貧困率の高い地域の一つである。彼女は妊娠5カ月だった。

 この地域に住む多くの少数民族の女性と同じく、彼女も小学校を中退しているためベトナム語を話すことができない。モン族のスタッフがモン族の言葉からベトナム語へ、キン族(越人)のスタッフがベトナム語から英語に訳したインタビューで、女性には4歳の長女がおり、今回が4回目の妊娠で、2回目と3回目の妊娠では自宅で死産となったことを知った。

 1986年のドイモイ(刷新)政策の導入以降、高い経済成長を経たベトナムは、2008年に低位中所得国になった。しかし都市部と農村部の格差は広がっており、「2015年までに妊産婦の死亡率を1990年の水準の4分の1に引き下げる」という国際社会の目標達成も危ぶまれている。こうした状況を受けて、ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)は2012年12月から外務省の日本NGO連携無償資金協力と一般の方々からの募金により、この地域で妊産婦・新生児の健康改善事業を行っている。

 ≪できることから着実に 住民と「発展」≫

 この地域では約半数の住民が国の貧困ライン以下の生活を送っているため、「保健カード」さえ所有していれば、住民は保健サービスを無料で受けることができる。しかし、サービスを受ける保健施設までは遠く、施設や備品は老朽化し、保健スタッフは経験不足。サービスの質に対する信頼度も低く、言葉の壁、慣習などさまざまな問題が待ち受ける。

 現在でも多くの女性が保健省で推奨されている最低4回の産前検診を受けず、7割以上の妊婦が自宅出産を行っている。しかしこうした出産には出血過多、感染症、新生児仮死などのリスクが伴う。

 事業では保健センターの分娩(ぶんべん)室の建設や産科備品の供与、助産師や医師への研修、村落では地域住民に向けての啓発活動などを行っている。

 事業を実施していく中で、最も支援が必要な場所ほど受け入れ体制が不十分なため、支援とその効果が限定的になってしまうと感じることがある。たとえば、「村落出産介助者」の研修候補生を選出する際には、より支援が必要な遠隔地の村ほど、条件を満たす人物を見つけることは難しかった。

 「啓発活動は私たちの使命だ」とあるとき語ってくれたコミューン(郡の下部行政区分)では、啓発活動に携わる人々が、研修で学んだスキルをさらに工夫し、前よりも自信を持って、参加者がより楽しみながら学ぶことのできる啓発活動を行っている。こうした姿勢や小さな変化は、私自身の励みとなるし、多くを学ばされる。

 「何がないか、何ができないか」だけでなく、既に自分たちが持っているもの、与えられているものの価値を再確認すること、その上で限られた資源と機会を最大限に活用し、自分たちの歩幅にあった発展を目指して教訓を一つ一つ丁寧に積みあげていくことが開発には重要なのだと思う。この事業では、それを地域住民と一緒に考え、お互いから学び合う機会にしたいと思う。

 4年前にインタビューに答えてくれた女性は、現在は27歳。あのときおなかにいた子は、無事に生まれていれば4歳になっているだろう。4年前には見ることができなかった母子の笑顔を、いつか見ることができる日が来ることを祈りながら、事業に取り組んでいる。(文:ワールド・ビジョン・ジャパン 木戸梨紗/撮影:ワールド・ビジョン・ジャパン/SANKEI EXPRESS)

 ■きど・りさ 上智大学比較文化学部卒業後、ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院で修士を取得。2010年1月、ワールド・ビジョン・ジャパンに支援事業部開発事業課ジュニア・プログラム・オフィサーとして入団。12年1月にプログラム・オフィサーとなり、12年12月からベトナム駐在。

 ■ワールド・ビジョン・ジャパン キリスト教精神に基づいて開発援助、緊急人道支援、アドボカシー(市民社会や政府への働きかけ)を行う国際NGO。子供たちとその家族、そして彼らが暮らす地域社会とともに、貧困と不公正を克服する活動を行っている。www.worldvision.jp/

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