必死に居場所探し 自分の生き方にじむ 「道徳の時間」著者 呉勝浩さん

2015.8.23 13:30

 【本の話をしよう】

 桐野夏生(きりの・なつお)さん、東野圭吾さんら大物作家を輩出してきた、推理小説の伝統ある名門コンクール「江戸川乱歩賞」。61回目の栄誉を勝ち取った呉勝浩さん(33)の『道徳の時間』が刊行された。衝撃的なラストで審査員の賛否両論を呼んだ問題作だ。

 ルールとモラルの違い

 フリーのビデオジャーナリスト、伏見。かつては刺激的な作品で注目を集めたが休業し、今は妻の出身地である関西地方の鳴川市で、貯金を食いつぶす日々を送っていた。そんなとき、鳴川市で陶芸家が死亡。現場には「道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?」という落書きが残されていた-。

 同じ鳴川市では13年前に殺人事件が起き、伏見は真相を追うドキュメンタリー映画制作に、カメラマンとして加わることに。公衆の面前で恩師を殺したとされる青年は、動機も背景も完全に黙秘したまま無期懲役となったが、ひと言だけ「これは道徳の問題なのです」との言葉を残していた。彼の言葉の意味とは、そして真犯人は-。

 硬派な作風は新人離れしているようにも思える。「当たり前のことを当たり前に書いても、誰も満足させられません。トリッキーな部分と硬派な部分のバランスには苦労しました」

 本書が繰り返し問いかけるのは、「ルール」と「モラル(道徳)」の違いだ。「道徳とルールは必ずしも一致しないのでは、という漠然とした思いが着想のきっかけです。例えば、ニュースを見ていても、『こんなことで裁判を起こすなんて』と思うようなこともある。ルール的には正しいのだけれど、モラル的には疑問を持たざるを得ない。逆に、モラルを破ってもルール違反でなければデメリットはないのに、なぜモラルを守るのか。かなり大きいテーマに挑戦してしまいました(笑)」

 方針転換しリベンジ

 大阪の芸術大学で映像を学んだ。卒業後は「3年ぐらい何もしなかった。いつか何者かになれるだろうと信じ込んで、フラフラしていたんです」。だが、アルバイトをクビになったことをきっかけに、執筆を開始。「お金もないし、やることもないし…。書いてみよう、と」

 しかし、一向に芽が出ない。潮目が変わったのは、3年ほど前だという。「それまではどこかヘンな世界をミステリーに仕立てていたのですが、あるとき、もっと広範に、住んでいる世界と地続きのものを書こう、と思ったんです。社会ってどうなっているのか、何も知らなかったから、ニュースを見るようにして。そうすると、『あれ、これって何なの?』とひっかかるようになりました」

 方針転換が奏功し、昨年度の江戸川乱歩賞では最終選考まで残った。「今取らないと」という思いでリベンジした本作で、見事受賞を勝ち取った。

 現在はコールセンターで働きながら執筆する。「いい意味でも悪い意味でも、自分の生き方が随所に出ている」という本作。伏見をはじめ、居場所を探してもがく登場人物たちが、ハードなタッチで描かれる。「常に自分はアウトサイダーだという意識を抱えながら生きてきた。自分の居場所を獲得するためには何でもする」。つかんだ居場所で、書き続ける。(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS)

 ■ご・かつひろ 1981年、青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。現在、大阪市在住。本作で第61回江戸川乱歩賞を受賞。

「道徳の時間」(呉勝浩著/講談社、1600円+税)

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