「勝てば官軍」 誤った歴史認識に抗議を

2015.8.26 10:00

 【国際情勢分析】

 8月、多くの日本人が真摯に歴史を振り返り、祖国の来し方行く末に思いを致す月である。しかし、わが国が8月15日に終戦を迎えた事実にすら目を閉ざし、「勝てば官軍」とばかりに身勝手な歴史観を振りまいているのがロシアである。ドミトリー・メドベージェフ首相(49)が北方領土・択捉島に乗り込んで日本側の反発を招いたが、こうした暴挙の根底にも歴史認識の問題がある。

 この夏のロシアでは、米国による広島、長崎への原子爆弾投下を「犯罪」と糾弾する高官の発言や報道があふれた。米国は唯一の「非人道的な核使用国」であるとして自国の核保有を正当化し、さらには日米分断を図る意図がある。

 ウラジーミル・プーチン大統領(62)に近いセルゲイ・ナルイシキン下院議長(60)は8月上旬、専門家を集めて原爆問題を討議する円卓会議を開催し、「人道に対する罪に時効はない」と米国を非難。アンドレイ・イサエフ下院副議長(50)もこの会議やメディアで、米国を裁く「国際法廷」を設けるべきだと提唱した。

 半面、主要メディアは、ソ連による国際法違反であるシベリア抑留問題には触れていない。

 「公式の降伏は9月2日」

 「米国の原爆投下ではなく、ソ連の対日参戦こそが第二次大戦を終結させた」との論調も目立つ。1945年8月9日、当時有効だった日ソ中立条約(41年締結)を破った事実をかき消そうとしているからにほかならない。旧ソ連が45年4月に、日ソ中立条約の有効期限である46年4月以後の不延長を通知したことについて、「中立条約を破棄した」と完全に事実を誤認して伝えるメディアもあった。

 ロシアで原爆に比べてはるかに存在感が低かったのが、安倍晋三首相(60)の「戦後70年談話」や、8月15日の終戦記念日に関する報道である。主要通信社は「談話」について、「日本の首相、大戦中の自国の行為を謝罪」などと簡潔に報じ、中国や韓国から内容に不満が出ていると伝えたのみだった。

 しかも、こうした報道には必ず「ただし書き」が付く。「日本の裕仁天皇は8月15日、ラジオで国民向けに降伏を宣言した。しかし、公式の降伏(文書)は9月2日、東京湾の米戦艦ミズーリ号上で調印された」といった具合である。ロシアにとっては、戦争が8月15日に終わったとされては都合が悪いからにほかならない。

 「日本が降伏を拒否した後、同盟国の責務に忠実なわが国は極東での戦争に入った。ソ連軍は短期間で日本陸軍の強力な部隊を粉砕し、中国東北部と朝鮮は占領から解放された」。セルゲイ・ラブロフ外相(65)は国営ロシア新聞への寄稿でこう述べている。「同盟国の責務」とは米英ソがソ連の参戦を密約したヤルタ協定(45年2月)を指す。

 北方領土占拠を正当化

 現実にはしかし、日本がポツダム宣言受諾を通告した8月14日の時点で、満州(中国東北部)の重要都市は全く陥落していなかった。ソ連は日本降伏後に満州(中国東北部)や朝鮮半島、樺太での一方的侵攻を続けたのである。北方四島の占拠を完了したのは、実に降伏文書の署名よりも遅い9月5日のことだった。

 ロシアは、ヤルタ協定を根拠に北方領土占拠の正当化を図り、異議に対しては、「日本は第二次大戦の結果を見直そうとしている」「歴史の歪曲(わいきょく)を図っている」と主張する。しかし、「歴史の歪曲」をしているのは、どちらなのであろうか。

 次のような奇想天外な論説が、定評あるリベラル紙ノーバヤ・ガゼータに掲載されたのにも驚かされた。

 〈日本は「無条件降伏」した。つまり、現在の日本はかつての日本の継続ではなく、領土「返還」を要求する権利もない。国際法では、戦争状態によってあらゆる国家間の条約は効力を停止する。日露の国境を定めていた19世紀の条約も日露戦争によって抹消された〉

 こうした暴論が流布されている限り、ロシアで北方領土交渉への理解が広がることはない。事実誤認に基づく報道・論説には厳重に抗議し、歴史の歪曲を許さない地道な取り組みが日本外交には求められる。北京で9月3日に行われる「抗日戦争勝利記念日」の行事にはプーチン氏が出席し、中露が歴史認識で“共闘”を狙っているだけになおさらである。(モスクワ支局 遠藤良介(えんどう・りょうすけ)/SANKEI EXPRESS)

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