自分でも消化できていない「奇書」 「バベル九朔」著者 万城目学さん

2016.3.27 10:30

 【本の話をしよう】

 今年デビュー10年目を迎える作家、万城目学さん(40)。2年半ぶりの長編『バベル九朔(きゅうさく)』は、奇想天外なファンタジー冒険小説だ。

 「『奇書』ですね。風変わりというか、めちゃめちゃな作品やと自分でも思います。自分でもまだ消化できていない、抱えあぐねるような感じがある」

 閉鎖空間に広がるカオス

 作家志望の「俺」は、新人賞に応募するための原稿をしたためながら、祖父が残した雑居ビル「バベル九朔」の管理人をしている。巨大ネズミが出没したり、空き巣が入ったり。忙しく管理業務をこなす俺の前に、ある日、全身黒ずくめの「カラス女」が現れる。「扉は、どこ?」-女の謎の問いかけに困惑する俺。ビルの一室に飾られた1枚の絵に触れた次の瞬間、なぜか俺は湖で溺れていて…。

 雑居ビルという閉鎖的な空間に広がるカオス。「閉鎖空間の奇妙さが好きで…。ビルからは一歩も出ずに書こうと決めていました」。売れない探偵や押しの強いおばなど、個性的な人物をいなす管理人業務をユーモラスに描写した日常的な前半と、一気にファンタジーが加速する後半の対比が印象的だ。「振れ幅を大きくしたいと。前半と後半を全く違うテイストにしています」

 自身も3年間、作家を目指しながらビルの管理人をしていた。作家への憧れ、書くことの喜び、不安と焦燥…。「俺」の煩悶(はんもん)は、自身の青春とも重なる。「出口のない悩みを抱えていましたね。主人公の鬱屈を書くときは、そこだけ書くの、早かったですよ(笑)。新人賞の発表を待つ感覚とか、書いていて思い出しました」

 純文学のニュアンスも

 とはいえ、主人公を見つめる視点はクールで、自虐的ですらある。「成功体験をつづった読み手に挑みかかるような自伝といったものがありますが、本作はそうではないですね。自慢にならないように、気をつけました(笑)」

 「カラス女」、謎の少女、雲をもつらぬく巨大な塔…。イマジネーションが炸裂(さくれつ)する一方で、丁寧な心理描写には純文学的なニュアンスも。「実は、もともと純文学志望だったんです。2、3年純文学を書いていたけれど、結果は出ず、お金もなくて…。やり方を変えようと思って書いた『鴨川ホルモー』で、デビューできました。自分のやりたいことと、世間の求めるものは違うのだなと(笑)。今回は、純文学的な要素もちょっとだけ入れています」

 『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』。関西を舞台に、歴史を織り交ぜた作品…。それが、読者が“万城目学”に抱くイメージだろう。前作『とっぴんぱらりの風太郎』では「関西」を封印。今作は「関西」も「歴史」も排除した。

 「今までと違うことをやろうと、自分で自分を縛りました。『万城目学』を期待して読むと、かなり混乱すると思います」

 前の作品があっての、今だという。「全ては直線上にあります。進むべくして、進んだ結果です」

 デビューから10年。変わらぬ人気を誇る作家の、これからの10年は…? 「相変わらず、遅々として書いていくだけですよ(笑)」(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS)

 ■まきめ・まなぶ 1976年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒。化学繊維会社勤務を経て、雑居ビルの管理人を務めながら小説家を目指す。2006年に第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。その他の著書に『鹿男あをによし』『ホルモー六景』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』、エッセー集に『ザ・万歩計』『ザ・万遊記』『ザ・万字固め』がある。

「バベル九朔」(万城目学著/KADOKAWA、1600円+税)

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