【リオデジャネイロ=細田裕也】金メダルを逸すると、吉田沙保里はマットにうずくまったまま、しばらく立ち上がることができなかった。そして、スタンドで見守った母の幸代さん(61)と兄の栄利(ひでとし)さん(36)のもとに近づき、ようやく抱き合うと「お父さんに怒られる」と声を震わせた。期待された4連覇への重圧には勝てなかった。
「もうレスリングはいいんじゃないかな」。前回ロンドン五輪後の家族会議で、栄利さんは妹の吉田にやんわり「引退」を持ちかけた。
当時29歳。実績は十分だし、これからは衰えとの戦いになる。家族なりの配慮だったが、吉田はその場で「リオを目指す」と即答した。
その2年後、父の栄勝(えいかつ)さんが死去した。3歳のときからレスリングの指導を受けた師匠。それから吉田は「タックルに入るとき、父が背中を押してくれるはず」と公言するようになった。後輩の指導役も率先して買って出るようになり、いつも叱ってくれる父がいないむなしさをレスリングにぶつけては、4連覇だけを目指した。