【試乗インプレ】「馬車」で読み解く初期の自動車史 トヨタ博物館見学記(常設展示・前編) (2/4ページ)

  • トヨタ博物館
  • 常設展示はこの一台からスタート。史上初の自動車、ベンツ・パテントモトールヴァーゲン“レプリカ”(1886年・独)。トヨタ博物館
  • スタンレー・スチーマーモデルE2(1909年・米)。トヨタ博物館
  • 人力車(明治後期・日本)。トヨタ博物館
  • フォード・モデルT(1909年・米)。トヨタ博物館
  • イタリアンレッドのアルファロメオ・6C1750グランスポルト(1930年・伊)。トヨタ博物館
  • 映画の題材にもなった悲運の名車。タッカー’48(1948年・米)。トヨタ博物館
  • ベンツ・ヴェロ(1894年・独)。トヨタ博物館
  • ド・ディオン・ブートン13/4HP(1898年・仏)。トヨタ博物館
  • パナール・ルヴァッソールB2(1901年・仏)。トヨタ博物館
  • ベイカー・エレクトリック(1902年・米)。トヨタ博物館
  • オールズモビル・カーブドダッシュ(1902年・米)。トヨタ博物館
  • ランチェスター(1904年・英)。トヨタ博物館
  • イソッタ・フラスキーニティーポI(1908年・伊)。トヨタ博物館
  • ロールスロイス・40/50HPシルバーゴースト(1910年・英)。トヨタ博物館
  • キャデラック・モデルサーティ(1912年・米)。トヨタ博物館
  • モーリス・オックスフォード(1913年・英)。トヨタ博物館
  • プジョー・ベベ(1913年・仏)。トヨタ博物館
  • デイムラー・タイプ45(1920年・英)。トヨタ博物館
  • あれ?後輪がない、と思って後ろに回ると…モーガン・エアロ(1922年・英)。トヨタ博物館
  • …3輪でした。モーガン・エアロ(1922年・英)。トヨタ博物館
  • エセックス・コーチ(1923年・米)。トヨタ博物館
  • オースチン・セブン“チャミー”(1924年・英)。トヨタ博物館
  • シボレー・スペリアシリーズK(1925年・米)。トヨタ博物館
  • シトロエン・5CVタイプC3(1925年・仏)。トヨタ博物館
  • フレンチブルーに塗られたブガッティ・タイプ35B(1926年・仏)。トヨタ博物館
  • 運転席とキャビンの仕立てを比べてみよう。イスパノスイザ・32CVH6b(1928年・仏)。トヨタ博物館
  • キャビンはさながら応接室。運転席との間にはガラスの仕切りも。イスパノスイザ・32CVH6b(1928年・仏)。トヨタ博物館
  • デューセンバーグ・モデルJ(1929年・米)。トヨタ博物館
  • ブリティッシュグリーンのベントレー・41/2リットル(1930年・英)。トヨタ博物館
  • シボレー・コンフィデレイトシリーズBA(1932年・米)。トヨタ博物館
  • ようやく国産車が登場。さらに古い国産車の模型展示もある。ダットサン・11型フェートン(1932年・日本)。トヨタ博物館
  • 時代は流線形へと移行していった。デ・ソート・エアフローシリーズSE(1934年・米)。トヨタ博物館
  • フォード・モデル40(1934年・米)。トヨタ博物館
  • 佐賀の鍋島家当主、鍋島直泰氏がシャシーで購入し自らボディーをデザイン、日本の職人に製作・架装させた珍しい一台。イスパノスイザ・K6(1935年・仏)。トヨタ博物館
  • メルセデスベンツ・500K(1935年・独)。トヨタ博物館
  • 筑波号東京自動車製造株式会社製(1935年・日本)。トヨタ博物館
  • ルパンのチンクエチェントのご先祖。確かにこりゃ“ねずみ”だ。フィアット・500“トッポリーノ”(1936年・伊)。トヨタ博物館
  • ランチア・アストゥーラティーポ233C(1936年・伊)。トヨタ博物館
  • シトロエン・11B(1937年・仏)。トヨタ博物館
  • レトロフューチャーの白眉。1930年代とは思えない。コード・フロントドライブモデル812(1937年・米)。トヨタ博物館
  • リンカーン・ゼファシリーズHB(1937年・米)。トヨタ博物館
  • SS・ジャガー100(1937年・英)。トヨタ博物館
  • SS・ジャガー100(1937年・英)。トヨタ博物館
  • ブガッティ・タイプ57C(1938年・仏)。トヨタ博物館
  • プジョー・402(1938年・仏)。トヨタ博物館
  • ヒトラーの掲げた「国民車構想」に基づいてフェルディナント・ポルシェが設計したフォルクスワーゲン・38プロトタイプ“レプリカ”(1938年・独)。トヨタ博物館
  • ドラージュ・タイプD8-120(1939年・仏)。トヨタ博物館
  • パッカード・トゥエルヴ“ルーズヴェルト専用車”(1939年・米)。トヨタ博物館
  • 防弾ガラスをはじめ装甲車並みに補強を施されたパッカード・トゥエルヴ“ルーズヴェルト専用車”(1939年・米)。トヨタ博物館
  • フォード・モデルGPW“ジープ”(1943年・米)。トヨタ博物館
  • 幌と風防をたたむと、前後フェンダーの上にもう一台のジープを重ねられるように設計されている。フォード・モデルGPW“ジープ”(1943年・米)。トヨタ博物館
  • ボンネットとフェンダーの一体化はこのあたりから。チシタリア・202クーペ(1947年・伊)。トヨタ博物館
  • MG・ミジェットタイプTC(1947年・英)。トヨタ博物館
  • キャデラック・シリーズ60スペシャル(1948年・米)。トヨタ博物館
  • ジャガー・XK120(1951年・英)。トヨタ博物館
  • ポルシェ・356クーペ(1951年・独)。トヨタ博物館
  • サーブ・92型(1951年・スウェーデン)。トヨタ博物館
  • トヨペット・SA型乗用車(1951年・日本)。トヨタ博物館
  • ヨーロッパ戦線から帰還した米兵たちが夢中になったコンパクトな欧州スポーツカーに対抗して作られた、シボレー・コルベット(1953年・米)。トヨタ博物館
  • コルベットの好敵手、フォード・サンダーバード(1955年・米)。トヨタ博物館
  • メルセデスベンツ・300SLクーペ(1955年・独)。トヨタ博物館
  • レーシングカーベースの構造でサイドシルが高く幅広かったため、ガルウイングドアにせざるを得なかったと言われる。メルセデスベンツ・300SLクーペ(1955年・独)。トヨタ博物館
  • メルセデスベンツ・300SLクーペ(1955年・独)。トヨタ博物館
  • 19世紀後半から1950年代の車両が年代順に並ぶ2階フロア。トヨタ博物館
  • トヨタ博物館外観


 発明間もないころの自動車は、現代の我々がイメージするクルマとはずいぶんと形が異なる。車輪は大きく細く、座席は高く、ボンネットがなく、チェーン駆動で機械部分が全部むき出し。エンジンを外して馬に曳かせれば、そのまま小型の馬車の造形である。つまりは動力を馬からエンジンに替えただけのものが自動車の始まりということになる。

 馬車の名残は時代を経るごとに薄まっていったが、現在でも使われていて誰もがよく知る用語が残っている。エンジンの出力性能を表す「馬力」は、ざっくり言うと、1頭分の馬の力を1として出力の大きさを示す単位である。たとえば2馬力であれば、馬2頭分のパワーを持つエンジンという具合。輸送の動力源としての馬が生活に密着していた欧米の人々にとっては、直感的に分かりやすい数値だったのだろう。

 蒸気機関が優位、内燃機関は少数派

 黎明期の自動車は蒸気機関、電気モーター、内燃機関(ガソリン)と3つの動力方式が競い合っていた。当初、運転が容易でスピードが出るなどのメリットから蒸気機関が優位に立っていたが、石油採掘・精製技術と内燃機関技術の発達に伴い、自動車用動力としての蒸気、電気は廃れていった。

 この構図は、内燃機関(ガソリン、ディーゼル、LPガスなど)、電気モーター(燃料電池式含む)、ハイブリッドと複数の動力方式が次世代の勢力を競い合っている現在の状況と似通っていて興味深い。30年後、かつての蒸気機関のように内燃機関は淘汰されるのか…などと思いを巡らすのも一興だ。

 そのころ、日本は人力車だった

 欧米で自動車産業が産声を上げ、着々と成長を遂げていったそのころ、ちょうど明治維新を迎え近代国家へと生まれ変わろうとしていた日本はどうだったか。展示を見て正直愕然としたのだが、当時の日本で人を乗せる車輪付きの乗り物は人力車だった。

 徳川幕府の鎖国300年で、近代化が遅れたのは当然影響していると思うが、それ以外にも理由がありそうだ。

 欧米では自動車が発明される何世紀も前から馬車が使われ、快適に移動できるように街路には石畳、つまり交通インフラが整備されていた。

 これに対し、日本では山がちの地形のせいか、車輪付きの乗り物に人を乗せるという発想がそもそもなかった。近世までの日本で人間の移動手段と言えば、徒歩以外では籠か牛馬の背に乗るくらいしかない。車輪のついた輸送手段もあるにはあったが、それらはいずれも牛車などの荷車、あるいは祭祀で使われる山車。人を乗せるために作られたものでないから、快適性に重点を置いた車輪用の交通インフラ整備はされなかった。

大衆化を加速させたT型フォードのイノベーション