党利党略の解散・総選挙 「安倍一強」の驕りに審判

論風

 □一橋大学名誉教授・石弘光

 3月以降、国会で繰り広げられた安倍晋三首相に直結する森友学園や加計学園を中心とする一連のやり取り、それを受けての内閣支持率急落をみて、さまざまな思いが頭をよぎってきた。

 「誰も代わりがいない」と称され「安倍一強」と盤石を誇った安倍内閣があっという間に民意を失った背景に、国民の怒りとそれを表明できる民主主義の健全さを感じ取ることができよう。いわば「安倍一強の驕(おご)り」が限界に達し、そのツケを払ったとしか言いようがない出来事である。

 李下に冠を正さず

 第1に、騒ぎの最も大きな特徴は安倍首相ならびに夫人の知人や友人といった個人的な関係者が、国費や許認可といった国の政策に作用する舞台で主役を演じていることだ。「李下に冠を正さず」の諺(ことわざ)のとおり、本来ならこのような個人的関係があるなら国の施策から首相がその個人を遠ざけるのが筋だし、また依頼者も自ら身を引くべき節度を持つべきだろう。そうでないと今回のように、首相が知人、友人に便宜を図ったと疑われる結果を招く。「そういうことは一切ない」「問題ない」と首相が何度説明しても、舞台が出来上がっている以上、国民に対し釈明しきれるものでない。

 第2に、「一強」の驕りからであろう、強く出ればすぐに事件は消えてしまうと高をくくっていた節もある。いわば「臭いものに蓋」をしたい姿勢がありありであった。この初動の判断ミスが、その後の展開を難しくしてしまったと思う。例えば「首相のご意向」をうかがわせるような文書が出てきても菅義偉官房長官が「怪文書の類だ」と切り捨てる始末である。「その文書を見たことがある」と名乗り出た前川元文部科学事務次官に対しあくどい個人攻撃を仕掛ける。文書の存在を認めざるを得なくなってもへ理屈を弄して前言を撤回しない。このような姿勢に国民は愛想を尽かしたに違いない。

 第3に、官僚は惨めな姿を国民の前にさらけ出したと思う。時の権力者に逆らえず、いかに取り繕うとしているかを見て憐憫(れんびん)の情が湧くほどであった。私も顔見知りの官僚が何人も国会で答弁をするのをテレビで見かけたが、「記憶にない」とか「資料はすでに廃棄した」とか逃げ一方の苦しい答弁に終始していた。それらを見るにつけ、国民の多くはやはり何か不都合なことを隠しているなと考えたに違いない。個人的に会って話をするときに見せる自信やプライドなど、気の毒にもどこかへ消し飛んでいた。

 不信はぬぐえず

 さて首相ならびに政府の側の説明に国民がどれだけ納得したかは、新聞各紙の行った世論調査の結果を見ると明白になる。森友学園への国有地売却問題あるいは加計学園の獣医学部新設問題をめぐる安倍首相および政府側の説明に対し、「納得できない」とする回答が7~8割を示している。

 7月に行われた都議会議員選挙で自民党は記録的な大敗を喫した。同時に安倍内閣の支持率はみるみる急落し、不支持が支持を上回り政権維持にとって危険水準とされる3割を切る世論調査も出始めた。明らかに「安倍一強」の驕りに対する国民の批判である。

 このような国民の「首相不信」の逆風を受け、首相はひたすら反省の弁を述べ低姿勢に転じている。その後、内閣改造や党人事刷新をしたせいか、9月に入り新聞各紙ばらつきはあるが、おおむね内閣支持率は上向いてきた。しかしこれは北朝鮮の軍事的脅威や民進党の混乱に見られるような野党のふがいなさといった首相に有利な周囲の状況によるもので、受け皿がないということが原因だ。

 この支持率上昇に自信を得て、首相は衆議院の解散・総選挙に打って出た。この党利党略の総選挙に国民がどう答えるか、首相の驕りに対する批判を収め、日本の将来を再度任せるのか否かが、最大の焦点となろう。

【プロフィル】石弘光

 いし・ひろみつ 1961年一橋大経卒。その後大学院を経て、講師、助教授、教授、学長。専攻は財政学。経済学博士。現在、一橋大学ならびに中国人民大学名誉教授。放送大学学長、政府税制調査会会長などを歴任。80歳。東京都出身。