世界の天然ゴム生産市場の30.9%を占める世界最大のゴム生産国タイ。そのタイ南部の生産地で今、生産農家と警察部隊がにらみ合いを続けている。道路封鎖、鉄道封鎖と、一見して、タイによくある反政府運動とも見えなくもないが、よくよく話を聞いてみると、国際ゴム市況を背景とした農家の“叫びの声”といった側面もある。別の見方をすれば、2年前に始まった「コメ買い取り政策」の余波とも見ることもできるという。問題の根は何か。現地の声をもとに周辺事情を取材した。
地価高騰ネック
「2年前に比べてゴムシートの値段は半分以下に落ちた。生産規模を拡大したくても地価が上がってとても手が出ない。それなのに、政府はコメ農家ばかり優遇し続けて…。もう、限界だよ」
こう言って電話口の奥でふさぎ込んだ声を出すのは、タイ南部ナコーンシータンマラート県でゴム農園を経営するヨーンさん。父親の代から天然ゴムを生産する農家の跡継ぎだ。2年前の2011年2月には生ゴム乾燥シート1ポンド(約453グラム)が280米セント(約273円)で売れたのが、今年8月には116セント台と下落幅は60%近い。このままでは年末に支払期限が来る資材のローン代も支払えないという。
自動車のタイヤなどに使われる天然ゴムは、石油から作る合成ゴムの存在などもあって思惑買いが介在するといった国際情勢や他の市況などの影響を受けやすい。このため、他の先物商品などと比べて価格が急激に変動することがある。なかでも10年末からの急騰、11年前半の急落は農家の経営を直撃、ゴムシートを買い取るタイ政府も輸出制限をするなどして対策を講じてきた。
かつて天然ゴム生産はタイがダントツだったが、2位インドネシアの追い上げ激しく、12年の生産量は同じ300万トン台(タイ351万トン、インドネシア301万トン)で肩を並べつつある。ゴム新興国ベトナムやインド、中国の増産などもあって、今では栽培面積を拡大するなど効率化を求めなくては立ち行かなくなっているのが実情でもある。
ところが、伝統的にゴム農園の広がる南部地域では、このところ地価の上昇が激しく、ゴム農地の平均取得価格は1ライ(1600平方メートル)当たり30万~40万バーツ(約93万3000~124万4000円)にもなった。近年、ゴム栽培が始まったタイ東北部イサン地方では同様の適地が同5万バーツ程度で購入できるのとは対照的だ。すでに仲間の農家の何人かはイサン地方に工場を構え、現地生産に切り替えたというが、ヨーンさんは「自分たちは当分、模様眺め」とあきらめ顔。こうして、生ゴムシートの買い取り価格引き上げを求めてデモに加わるようになった。
政府の“損得論”
デモは次第に過熱し、8月23日には幹線道路の封鎖、26日は国際路線の鉄道封鎖に発展。タイ政府は警察部隊を出動させて鎮圧を試みたが、もみ合いに発展して死者が出る事態となった。その後、鉄道封鎖は解かれたものの、道路封鎖は断続的に今も行われ、各地で警察との小競り合いが続いている。政府も、天然ゴム農家に対し、農地の規模に応じた総額200億バーツを超える新たな補助金融和案を打ち出すなど収束を図っているが、農家の怒りを鎮めることはできていない。
ヨーンさんらによれば、問題の根底には、インラック政権の肝煎りで2年前から導入を始めた「コメの買い取り政策」があるという。市価よりも高い値段で事実上、国がコメを買い取るコメ農家保護策で、これまでに約6000億バーツの国費が投じられてきた。野党民主党などからは「農民票目当ての政権維持策で、国家財政の破綻につながる」と批判が多いが、ヨーンさんらゴム農家にとっても「コメ農家ばかりが優遇され不公平」と映るという。
ただ、タイのコメ農家約370万戸に対し、天然ゴム農家は90万戸余りと3分の1にも満たない。しかもゴム農家が集中するタイ南部は、インラック政権が地盤とする北部・東北部とは地理的にも異なる。「この政策だけは我慢がならない」とヨーンさんらは怒りをぶちまける。
今回の天然ゴム買い取りをめぐる騒動は市況の影響もあるようだが、どうやら本質は政府の施策をめぐる“損得論”にあると見たほうが良さそうだ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀晋一)