韓国につけ込まれ…竹島を「献上」した吉田茂の誤ったシグナル (5/9ページ)

韓国による竹島実効支配に誤ったシグナルを送ってしまった吉田茂元首相
韓国による竹島実効支配に誤ったシグナルを送ってしまった吉田茂元首相【拡大】

  • 解散を表明し、記念撮影に応じる「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基氏(前列左から2人目)ら=8月16日、東京・永田町の衆院第2議員会館(斎藤良雄撮影)
  • 解散を表明し、記者会見する「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基(左)氏ら=8月16日、東京・永田町の衆院第2議員会館(斎藤良雄撮影

 1950年に朝鮮戦争が勃発すると、日本駐留米軍は次々と朝鮮半島に移動し、日本防衛は手薄となり、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー米陸軍元帥は吉田に《警察予備隊》創設を要請した。後の自衛隊である。当然、帝國陸軍の軍人が多数起用された。実は、日本の「限定的再軍備」は、米政府内で1948年時点で既に確認されてはいた。ただ、本州4島の専守防衛が前提で、「陸上警察軍」のみの構想だった。

 だが、朝鮮戦争が泥沼化し犠牲者が激増するや、GHQ内で、日本にも相応の再軍備をさせ共に戦わせるべきとの「作戦図」が浮上。「最小限の海上兵力」を持たせ、朝鮮半島までの海上輸送に活用すべく方針を大転換した。米海軍高官は吉田と面会し、多数のフリゲート艦の供与を申し出た。

 ところが、吉田は難色を示す。警察予備隊ですら渋々受諾しており、海外投射能力を有する「最小限の海上兵力」など、吉田には論外だった。後日、米国務長官の「再軍備要求」を受けても「日本は近代的軍備に必要な資源を欠く。再軍備の負担が加わると、わが国経済はたちどころに崩壊する」と拒絶している。

 韓国に許した火事場泥棒

 吉田が「最小限の海上兵力」を受諾したのは、米海軍高官のフリゲート艦供与提案の1年以上も後。日本の完全独立を保障する《サンフランシスコ講和条約》と、講和条約に伴う《日米安全保障条約》の署名後のことであった。かくして、講和条約発効2日前の昭和27(1952)年4月、海上自衛隊の前身《海上警備隊》が創隊された。

いわゆる「李承晩ライン」で、線内での漁業は韓国漁船以外は行えず…