ソ連崩壊25年 ロシアの改革難しく東欧と格差 民主化、経済成長…消えた希望 (2/3ページ)

 共産圏に組み込まれたのが第二次大戦後だった東欧諸国では、ソ連型計画経済がロシアほど根付かず、国民の欧州への帰属意識も残っていた。「欧州回帰かロシアの支配か」という二者択一が改革を促した。

 旧ソ連ではこれに対し、GDPの4分の1を占めた軍需関連を筆頭に、機械製造など多くの産業分野が国の発注や補助金で支えられていた。これらの分野は、旧ソ連政府が資金不足に陥ると即座に行き詰まり、業態の転換や市場への適応に向けた改革は困難かつ多大な「痛み」を伴った。

 ロシアのエリツィン政権は価格自由化をはじめとする「ショック療法」で切り抜けを図ったが、多くの庶民は年間26%にも達したハイパー・インフレなどによって生活を直撃される。「欧州回帰」のような座標軸もないロシア国民の多数派は安定と秩序を求め、2000年就任のプーチン大統領が強権統治を敷くのを歓迎すらした。

「プーチン氏が真剣な改革に取り組むとは考えられず…」