【高論卓説】突然だった総選挙、「なぜ今」残る疑問 「悪用」される7条解散 (1/2ページ)

開票速報場で当確のバラを付ける安倍晋三首相(右)=22日午後、東京・永田町の自民党本部(松本健吾撮影)
開票速報場で当確のバラを付ける安倍晋三首相(右)=22日午後、東京・永田町の自民党本部(松本健吾撮影)【拡大】

 今週、第4次安倍政権が発足する。来年の自民党総裁選の行方は分からないが、今年12月で丸5年の長期となった安倍晋三政権の、最後の仕上げに入ったということだ。最大の政策目標は憲法改正である。言い換えれば、今回の選挙の目的は、憲法改正実現のために、最大で4年という猶予が与えられたということでもある。その目標設定について異論はないが、多くの国民にそれは伝わっていない。53.68%という低投票率にそれが表れているだろう。

 安倍総理は、2つの国難を指摘し、その突破のための解散・総選挙であると表明していたが、それでも「なぜ、今なのか」という疑問は、選挙が終わった今も、国民の中に残っている。それは、解散総選挙の在り方に問題があるからだ。

 第1の問題は、突然の解散総選挙であったということである。今回の解散は、いわゆる「7条解散」と呼ばれるもので、内閣が助言・承認を行うことを前提に、天皇の国事行為として行われた。時の内閣が助言・承認をすれば、いつでも解散ができるということで、内閣のトップである「総理の専権事項」と言われている。

 しかし、憲法第7条の天皇の国事行為の規定に、全て「内閣の助言と承認」が付されているのは、天皇の権限を制約することを目的としているのであって、内閣の権限を強調するものではない。つまり、本来、衆議院の解散は、憲法69条にのっとり、不信任という国民の意思を持ってのみ行われるべきである。基本的には議員は任期を全うし、その任期で果たした役割の評価を受ける。有権者の意思表示としては、それが一番判断しやすい。いつ、総理の一存で選挙になるか分からないという環境があるがゆえに、国会議員が本来の立法活動よりも、自分の選挙活動を重視するという現状を招いているとも言える。

7条解散の「悪用」