【仮想通貨の衝撃(1)】2017年は「革命元年」 予想できないほどの可能性が広がる (2/4ページ)

仮想通貨はこれまでの概念では理解も予想もできないほどの大きなインパクトを経済社会にもたらす可能性を秘めている(ブルームバーグ)
仮想通貨はこれまでの概念では理解も予想もできないほどの大きなインパクトを経済社会にもたらす可能性を秘めている(ブルームバーグ)【拡大】

 裏付けなしの信用

 では“仮想通貨”とは、それ以前に、そもそも通貨とはなんだろうか。

 通貨は中央銀行が発行・管理する、というのが一般的な認識だろう。少なくとも、17世紀に中央銀行ができ、19世紀にくまなく“普及”した後はだれもがそう思うのではないだろうか。中央銀行ができる前だって、いつも誰かしら発行者や管理者がいた。つまり通貨はだれか管理者がいるもの、と考えがちだ。

 紙幣の場合、偽造防止などでいろいろと細工がしてあるとはいえ、それ自体はただの紙だ。そこにいろいろ数字が書いてあり、その数字に応じて買い物ができる。そういうものだとみんなが信じているから成立している。

 中央銀行が発行している通貨は、その価値を国が裏付けている。もともと通貨は貴金属など普遍的な価値を持つ財貨そのものでできた貨幣でスタートしたが、重量があるため持ち運ぶのも不便だからと、貴金属との交換を保証した債務証書に置き換わっていく。英国の通貨、ポンドは重量の単位だが、これはかつてはその通貨が1トロイポンドの高純度の銀の価値を持っていたことのなごりだ。

 紙幣も、もともとは現物の貴金属の価値を裏付けにしていた。だからみんなが信用し、そういうものだと考えて使うようになった。そういう意味では、通貨は価値の化身なのだ。でも、だれもが価値のあるものだと認めている必要がある。このため、債務証書の要領で貴金属の裏付けといった工夫がなされてきた。とはいえ、現在の通貨にはそうした貴金属などの裏付けはない。裏付けがなくなっても通用する。これは、多くの人が裏付けなしに価値を認めるようになったことによる。

 肝心なのは、みんなが認めているということ。通貨をより根源的に一言でいえば“信用”ということになる。

 こうした考えからすると“仮想通貨”は通貨だといえる。

ビットコインの制度や環境整備は遅れている