【高論卓説】江戸に遡る社会的共通資本 東京の水道、エコシステムを下支え (1/2ページ)

 東京・多摩地区の西に位置する羽村市の多摩川は、10月下旬に列島を縦断した台風21号による大雨によって奔流となっていた。羽村取水堰(ぜき)は、江戸時代の1650年代に玉川兄弟が掘削した玉川上水に多摩川の水を分岐して流すために作られた。4本の支柱が流れに打ち込まれた堰は通常、川底から木材が横に組まれ、それを木の枝や砂利で覆われている。

 多摩川が台風などによって、増水すると、堰の木材が取り払われて、多摩川の下流に流される。玉川上水の氾濫を防ぐためである。「投渡(なげわたし)堰」と呼ばれる工法で、江戸時代からの伝統を守っている。堰を訪れたときは、台風による増水に対応するために支柱だけになっていた。都水道局の管理事務所によると、めったに見られない光景だという。職員たちが再び材木を積み重ねる準備作業を進めていた。

 東京の水道の水源は、利根川水系が約8割、残りが多摩川水系による。羽村取水堰の上流を遡(さかのぼ)ると、11月中旬に完成60周年を祝った小河内ダムに至る。貯水容量が1億9000万トンで、水道専用のダムとしては国内最大級である。

 東京の水道のエコシステムを支えているのは、小河内ダムに流れ込む水を蓄える「水道水源林」と呼ぶ、奥多摩町から山梨県にまたがる東西約30キロ、南北約20キロに及ぶ広大な森林である。都有林がほとんどで、私有林の買い取りも進めている。

 水道水源林は、落ちた葉が分厚い腐葉土となって、水を保全するとともに、土砂などを濾過(ろか)する。小河内ダムの土砂の堆積量は、容量の3%に過ぎず、他のダムと比較すると圧倒的に少なく長期の使用に耐える。