【社説で経済を読む】対韓WTO勝訴、風評払拭の追い風に


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 □産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 東京電力福島第1原発事故を理由に、韓国が福島県など8県の日本産水産物を輸入禁止していることに対し、世界貿易機関(WTO)の紛争処理小委員会(パネル)が2月22日、是正勧告の報告書を公表した。

 報告書は「基準値以上の放射性物質は検出されていない」とする日本の主張を全面的に認め、禁輸はWTOルールに照らして「不当な差別」だとする判断を示した。

 平昌五輪や中国などの安価な鉄鋼輸出に対する米国の唐突な追加制裁策発表の陰に隠れ、注目度は低かったが、WTOの判断は日本の正当性を改めて示すものだ。

 読売は2月24日付で、「福島の原発事故を理由とした不公正な輸入規制は許されない。この明快な判断を、規制解除の加速につなげたい」と勧告の意義を強調し、毎日も同じ日の社説で「裁判所にあたる中立的な国際機関の判断は重い」と支持した。

 産経も3月1日付の主張(社説)で「改善に向けての布石が打たれた」と評価している。

 一方、韓国メディアは態度を硬化させている。とりわけ左派のハンギョレ新聞(日本語電子版2月24日配信)は、「日本が輸入禁止が不当だと訴訟を起こした対象は韓国が唯一だ」と指摘し、日本による韓国狙い撃ちだとみて批判している。

 韓国政府も是正勧告は受け入れ難いとし、WTO紛争処理手続きの第2審(最終審)に当たる上級委員会に上訴する考えを明らかにしている。

 ハンギョレ新聞は「日本の原発の状況は継続中であり(筆者注:安全管理になお問題があるという意味か)、食の安全の重要性を考慮すると、今回の判定は問題がある」とする政府関係者の談話を伝えている。

 ◆両国とも被災地想え

 日韓両国は、慰安婦問題をめぐる日韓合意の履行をめぐって対立が深刻化している。北朝鮮への対応で足並みの乱れが表面化しているのも気になる。

 韓国の文在寅大統領は南北対話に大きく傾斜しているが、安倍晋三首相は、米国のトランプ大統領とともに北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄することがまず先だと主張している。それだけに、日本としては水産物禁輸問題で、韓国との溝は早めに埋めておきたいところだ。相手の不当性を言い募っているだけでは解決の道は遠のく。

 日本もわが身を振り返って反省すべき点はある。被災地の農水産物に対する風評は完全に払拭されたといえるのか。毎日社説は「安全性が確認されているのに流通業者に敬遠される福島産の農水産物はまだ目立つ。日本が問題を抱えたままでは説得力を欠く」と述べている。もっともな指摘だ。

 BSE(牛海綿状脳症)問題では、日本も米国産牛肉に対して科学的根拠を欠いた輸入規制を続けてきた過去がある。そのことも思い返してみたい。

 是正勧告が「速やかな実現に至らなかったのは残念なことである」(産経主張)が、この問題については日韓とも政治的思惑に絡めることなく冷静に解決の道を探るべきだろう。

 原発事故に伴う日本産食品への輸入規制は当初、54カ国・地域に上ったが、事故から7年が過ぎて27カ国・地域へと半減した。ただ、この中には韓国をはじめ、中国、米国、台湾、欧州連合(EU)といった主要な貿易相手が多数残っている。

 日本としては、食品への放射性物質の影響については、国際水準より厳しい検査をしていることを粘り強く訴えていくほかないだろう。

 とりわけ韓国は、中国とともにもっとも厳しい輸入規制を課している。品目によっては、被災地の漁業者に深刻な影響をもたらしている。

 ◆解除で復興後押しを

 なにより水産業は被災地の主力産業である。「復興を後押しするには輸入規制の解除が欠かせない」(毎日社説)という事情を忘れてはなるまい。

 日本は2015年にWTOに提訴したが、韓国からはいまだ得心がいく説明は得られていない。それどころか、韓国は日本産の全食品について放射性物質の追加検査を求めている。WTOは直ちに解除するよう求めているが、韓国に軟化の兆しは見えない。

 今回の是正勧告で日本が期待するのは、中韓ほどではないにせよ、いまだ何らかの対日規制を残す他のアジア諸国が緩和・撤廃に動くことだ。各国が輸入規制の解除にかじを切れば、日本産品全体のイメージ向上にも大きく寄与する。

 日本政府はWTOの判断を根拠に、韓国とともに厳しい対日輸入規制を敷く中国にも解除の働きかけを強めていくべきだ。

 福島の地元有力紙、福島民友と福島民報も2月24日付社説で期待を寄せている。

 民友は「科学的な根拠や客観的な事実に基づいた判断をするよう韓国側には強く求めたい」と書き、民報は「決着はまだ先だが、WTOの判断は漁業関係者に自信を与えたはずだ。将来の輸出実現に向け、着実に準備したい」と決意を示した。その思いについても政府はしっかりと受け止めるべきだ。