タイ、混迷深める高速鉄道計画 建設費めぐり日本に揺さぶりも

中国が主導する高速鉄道の起工式。左から4人目がタイのプラユット首相=2017年12月21日、ナコーンラーチャシーマー県(タイ首相府提供)
中国が主導する高速鉄道の起工式。左から4人目がタイのプラユット首相=2017年12月21日、ナコーンラーチャシーマー県(タイ首相府提供)【拡大】

  • 東北部コンケーンの鉄道建設現場。タイでは事業計画未定のまま工事が各地で進められている(小堀晋一撮影)

 タイ政府が南北間で進める2つの高速鉄道建設計画をめぐって、日本と中国を巻き込んだ国家間による駆け引きが激しくなっている。新幹線技術を海外市場に輸出したい日本と、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路構想」を国策として推進する中国。そして、建設費などの負担を少しでも少なくしたいともくろむタイ。三者三様の思惑が交差する中で、インドシナ半島で初めてとなる高速鉄道計画がゆっくりと進行している。

 ◆中国にラブコール

 年の瀬も押し迫った昨年12月26日。経済担当のソムキット副首相が現地メディアに対し、日本の協力で進めているバンコク-チェンマイ間(約637キロ)の高速鉄道の最高速度を、両国で合意していた時速300キロから180~200キロ程度に引き下げるよう検討を始めたと発言した。しかも、プラユット暫定首相の指示であるという。

 日本の国際協力機構(JICA)の関係者は、その発言を報じたニュースを目にして、「全くの寝耳に水。何を考えているのかと、不信感さえ脳裏を横切った」と驚きを隠さない。

 同副首相は、総額約5000億バーツ(約1兆7000億円)とされる建設費用の捻出方法についても、当初想定されていた円借款から官民連携(PPP)方式へ変更することに言及した。日タイ合意から大きく様変わりする内容だ。同副首相は「早期開業のための事業費削減が目的」としたが、額面通りに受け止める見方は少ない。中国の協力を得ながら進めるもう一つの高速鉄道計画を絡めて、両事業をともに有利に進めたいタイ政府の“駆け引き”と捉えるのが正しい理解というのが大勢だ。

 それは、2つの高速鉄道計画をめぐる経緯を時系列に振り返ってみるとよく分かる。減速化発言の約2週間前の12月14日、日本の国土交通省はタイのアーコム運輸相に対し、JICAが実施してきたバンコク-チェンマイ間の事業可能性調査の最終報告書を提出し、「長期的な収支は黒字になる」と採算性が見込めるとした。これにより建設工事は大きく動き出し、今年3月の閣議で正式な事業承認が行われる見通しとなった。

 一方でタイ政府はその1週間後、中国政府との間で進めてきたバンコク-ノーンカイ間(約608キロ)の高速鉄道計画の一部、バンコク-ナコーンラーチャシーマー間(約253キロ)で起工式を実施。あいさつでプラユット首相は「中国はタイにとって一番の貿易相手国だ」と持ち上げ、熱烈なラブコールを送った。これに対し、中国からは李克強首相が祝福のメッセージを寄せるなど国を挙げて取り組む姿勢を鮮明にした。建設資金をめぐる調整が不調でナコーンラーチャシーマー以北は全く事業計画が立っていないのにである。

 ◆一気にトーンダウン

 このわずか5日後に、ソムキット副首相の発言が飛び出した。日本との合意を反故(ほご)にしかねない安易な発言に、市場では「タイ政府が中国寄りに軸足を大きくシフトした」という観測が広がった。いずれの高速鉄道も、延伸することでラオスを経由し中国南部の雲南省に接続することが可能だ。現に中国政府はラオスでの工事に着手している。中国と競う日本を牽制(けんせい)することで、資金面でさらに有利な条件を引き出そうと揺さぶりをかけたとの見方が支配的だ。

 副首相の発言は1月半ばを迎えると一気にトーンダウンした。言葉を濁すケースも相次いだ。そして2月初め、真意を確かめる現地メディアに対し、副首相は「最高速度は引き下げない」と断言。当初合意の時速300キロを維持するとした。理由については「減速となればコストが削減されるのは事実だが、効果が限定的と分かった。デメリットとのほうが大きかった」としたが、納得する声は聞かれない。

 減速化発言の真意や狙いは現時点で明らかになっていない。副首相も固く口をつぐんだままだ。一方で、日中両国が絡むタイの2つの高速鉄道計画はいまだ財源が決まらぬまま、混迷を深めるばかりである。完成の見通しさえ立っていない。この状況は、軍政後4年もたつというのに何ら民政復帰の道筋さえ描き出すことのできないタイの政治を象徴していると思えなくもない。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)