リトアニアを訪ねて~カギ握る文化アイデンティティー 世界に挑むデザイナー (2/3ページ)

TVを開発したエンジニアとデザイナーの面々Photo by M. Ogajus and V. Sobalevas, 1972 (Lithuanian Central State Archives)
TVを開発したエンジニアとデザイナーの面々Photo by M. Ogajus and V. Sobalevas, 1972 (Lithuanian Central State Archives) 【拡大】

  • 1970年の大阪万博で発表されたファッションデザインdesigned at the Vilnius House of Clothing Design Photograph by K. Liub?ys, 1970(Lithuanian Central State Archives)
  • Erfurtas designed by architect Lygija Marija Stapulionien? (1975). Photograph from Lygija Marija Stapulionien?’s personal archive

 リトアニアのデザインは、同国やバルト海の伝統文化をもとに西欧・スカンジナビア・ソ連の影響を受けている。

 前述のソ連のデザインシステムのなかでも西側との国際交流はあり、ソ連のなかでリトアニアを含むバルト三国のデザインは「西洋的」であるとの評価もあったようだ。物理的に「鉄のカーテン」に近く、海があり、リゾート地も控えているからだろう。このように2年前のドイツのデザイン誌には説明されている。

 カーライナの言葉を続けよう。

 「リトアニアのテイストと国際デザインの融合が図られたモノはいくつかの事例をみると分かります。問題は、どのようなデザインをこれからの指針とするかですが、これが難しい」

 ぼくが「ソ連時代のデザインはカタチだけで意味の領域には触れることができず、ソ連時代が終焉すると、逆にその時代のリアルなデザインを語る人が限られている。とするとデザインをリトアニアのこれからの社会づくりの根幹におこうとするとき、文化アイデンティティーが大きなテーマになるのではないですか?」と質問した際のカーライナの言葉だ。

 政府主導の文化アイデンティティーの確立を望むわけではないが、市民の判断力を高める元ネタは必要ではないか、と想像したのである。

有形に強いリトアニア、無形に強いエストニア