タイ暫定首相人気も親軍政党支持低下 タクシン派首位、新党が台風の目

新党「新未来党」のタナートン党首(左から3人目)。支持率が急上昇し、台風の目に躍り出た=同党提供
新党「新未来党」のタナートン党首(左から3人目)。支持率が急上昇し、台風の目に躍り出た=同党提供【拡大】

  • 国民の支持拡大のためプラユット暫定首相(最前列)も地方回りを続けている=タイ首相府提供

 暫定軍事政権下のタイで来年前半にも予定されている総選挙をめぐって、有権者の政党支持の構図が次第に明らかとなっている。各種世論調査で4割の有権者が「次期首相に」とプラユット暫定首相を推す一方、別の世論調査では親軍政党「パランプラチャーラート(タイ国民の力)党」の支持率が4位と低迷。堂々と首位に立ったのはクーデターで前政権を追われたタクシン派政党で、過半数が支持した。一方、政争に辟易(へきえき)とした若年層からの支持を集める「新未来党」が2位に食い込む健闘をみせている。

 ◆総選挙見据え

 6月下旬に国立ラチャパット大学スワンドゥシット校が実施した世論調査では全国1105人が回答した。支持政党(複数選択可)を表す「関心がある政党」は、タクシン派政党のタイ貢献党が55%を占めてダントツの首位だった。次いで、自動車関連企業のタイ・サミット・グループ元副社長のタナートン・チュンルンルアンキット氏が率いる新政党「新未来党」が34.2%で2位に入った。3位は、タイで現存する最古の政党「民主党」で33.9%。タイ国民の力党は12.6%にとどまった。発足して約4カ月がたつが、親軍政党の支持率は一向に振るわない。

 一方で、総選挙後もプラユット氏に首相に就いてもらいたいと考えている人はいまなお多い。国立開発行政研究所(NIDA)が継続して実施している世論調査でも、5月末時点で約40%の有権者が同氏を推すなど、「続投」を期待する声はバンコク首都圏を中心に圧倒的多数を誇る。デモ行進を指揮した結果としてタクシン派政権を倒した民主党のアピシット党首が、元首相という知名度を持ちながら10%台前半と低迷しているのとは対照的だ。

 プラユット内閣は政策面でも高い評価を得ている。NIDAが毎年行っている「内閣の仕事ぶり調査」でも8割前後の有権者が「非常に良い」や「良い」と回答。暫定政権発足後、一貫して高い数値を保っている。皮肉にも、軍政となってデモや集会の禁止、賄賂の取り締まり強化など一定の治安秩序が維持されている点が評価されているとみられる。

 ただし、総選挙後も軍が前面に出てくるとなると話は別だ。プラユット氏を評価しながらも、親軍政党のタイ国民の力党が支持を得られない点にも軍政が広く敬遠されていることがうかがえる。

 ◆若年層が後押し

 代わって注目を集めているのが、新政党法の施行後に発足した新未来党で、タナートン党首は積極的に地方回りを続けている。タナートン氏は39歳。裕福な華僑の家に生まれ家業を継いだが、気さくな人柄や社会貢献活動が評価され、主に若い世代から慕われている。政界への進出を決めたことで、一気に台風の目として躍り出た。

 バンコク首都圏にある名門タマサート大学のキャンパス。ここで6月14日に開催された政治フォーラムにタナートン氏の姿があった。「エーク、エーク」とニックネームがこだまする中、登壇したタナートン氏は「クーデターはもうこりごりだ。自分たちのことはわれわれ自身が決めよう」と訴え、拍手を浴びた。「(デモ行進には)行き過ぎた点があった」などと弁明に終始した民主党のアピシット党首とは好対照に映った。フォーラムには既存の有力政治家やタイ貢献党の幹部らも参加したが、反応は今ひとつだった。

 ただ、タクシン元首相の出身地である北部地方や最大の人口をかかえる東北部地方では、タイ貢献党への支持が多数派を占める。長い間、政治的に顧みられなかったこれら貧しい地方の人々が、タクシン時代に「30バーツ医療制度」などで政治に目覚め、投票権を行使するようになった流れは現在も衰えていない。国内に貧富の差が深くある限り、地方は独自の論理を持って存続しようとしている。

 総選挙の実施まで、早くてあと半年あまり。民政復帰も間近となった。永続的な軍による支配が懸念される中、ここに来てタイの政治はプレーヤーが入れ替わり、軍、タクシン派、若い世代の三つどもえの様相を呈し始めている。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)