フィリピン日本人会、友好と苦難の道 ミンダナオ島ダバオで発足100年 (1/2ページ)

 日本人が20世紀初頭に入植し、最盛時には約2万人が居留したフィリピン南部ミンダナオ島ダバオ。現地の日本人会が発足して2018年で100年、20年には領事施設開設から100年となる。在留邦人らは2つの節目に挟まれた19年を「日本人コミュニティーの100年」と位置付け、現地社会との友好関係や、日本人社会が歩んだ苦難の道を次世代に伝える催しを企画している。

 戦争の影響で暗転

 「当地に住んでいた日本人は地元と友好関係を築いた一方、苦難の歴史も経験したのです」。ダバオにある「フィリピン-日本歴史資料館」に約10年勤めるフィリピン人のパスさんが説明してくれた。

 資料館によると、ダバオに日本人が最初に入植したのは1903(明治36)年。当初は約30人だったが、主にロープに使われるマニラ麻(アバカ)の栽培が盛んになるに連れ人口は増加。7000人を超えた18年に日本人会が発足した。20年には日本人会の要望を受け、在マニラ総領事館ダバオ分館(現・在ダバオ領事事務所)が開設された。

 「民が多くとどまるように」との願いからミンタル(民多留)と名付けられた日本人街には日本人学校やゴルフ場が造られ繁栄したが、太平洋戦争の影響で暗転した。戦後は、反日感情の高まりから日本人や日系人が迫害の対象となり、経済的にも困窮するようになった。

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