中国を読む

第4次産業革命というチャンス

 □ジェトロ・アジア経済研究所 木村公一朗

 中国企業のイノベーションに注目が集まるようになった。模倣に関する話題が多かった頃と比べると、イメージが一変した。しかし、中国のエレクトロニクス・IT企業を見ると、これまでもイノベーティブな一面があった。確かに、世界的に新しい技術やビジネスモデルは乏しかったが、激しい競争に勝つため中国企業も工夫を重ねた。過去からの連続性と非連続性を理解することは、現在を評価する上でも重要である。

 ◆イノベーティブ時代

 1970年代末に経済自由化と対外開放(改革開放)が始まったころ、中国企業は事業運営のための技術・知識が乏しかった。しかし、中国市場の将来性を期待して対中投資が相次ぎ、技術導入が可能になると、加工・組立の技術蓄積が急速に進んだ。また、製品構造のモジュール(複合部品)化などによって先進技術を使ったコア部品の外部調達が可能になると、技術蓄積が不要の領域も生まれた。

 ならば中国企業は、グローバル化と技術変化の恩恵だけで急成長を遂げたのか? 実際はこれらの外因だけではない。

 中国企業はホームでプレーする優位性も掘り起こした。多様な所得水準・地域の中国人消費者の好み、生活様式に合わせたデザインおよび機能を設計したり、農村にまで達する巨大販売・アフターサービス網を効率的に構築・運営したりすることで、外資系企業にはない強みを築いた。

 国産優遇策も存在したため、強みを過大評価すべきではない。しかし、中国企業間の競争も激しかったため、地場企業というだけで生き残れたわけでもない。技術水準は高くなかったとしても、各社は消費者により近い領域での工夫を蓄積しながら競争を戦った。

 ◆応用領域で活発に

 しかし、2000年代半ばに事業環境が急変すると、企業は変身を迫られた。巨大な国内市場も飽和して買い替え需要が主となると、これまでにない製品が求められた。賃金高騰によって、労働集約的な加工・組立も限界を迎えた。

 環境急変から約10年がたち、イノベーション活動を行う条件が整い始めた。一つは能力の向上で、一部の既存大手は継続的な研究開発(R&D)によって多くの技術を吸収・形成してきた。技術進歩の速い通信設備業に属する華為技術(ファーウェイ)などがこのパターンだ。先進国企業の事業買収によってR&D部門や海外販売網、ブランドを吸収した企業も多く、成熟産業に属する家電の海爾(ハイアール)やPCの聯想(レノボ)などがこのパターンに含まれる。

 もう一つはイノベーション活動のハードル低下だ。ベンチャーキャピタルの増加や、ネット大手が提供するプラットフォームの普及、起業促進策の後押しなどによって、経営資源が乏しくてもアイデアを形にできるエコシステムが発展した。このように、イノベーションが増える条件を満たす道は多様だ。

 一方で、イノベーションの中身には共通点もある。技術分野の中では、基礎領域のキャッチアップよりも、応用領域の開発が相対的に活発だ。ロボットで言えば、減速機などのコア部品の開発も進んでいるが、ロボットを使ったサービスの開発のように、消費者により近い領域での取り組みが盛んだ。

 IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)を用いた第4次産業革命が進展し、産業をまたいだイノベーションの余地が拡大することによる影響は大きい。積み重ね型のR&Dがイノベーション活動の主なら、先進国企業の優位性が続き、中国経済の構造転換はもっと緩慢だったかもしれない。

 中国では現状を「弯道超車(曲がり角で追い越す)」と表現し、時代の変化を生かそうとしている。チャンスが生まれれば相次ぐ参入、切磋琢磨(せっさたくま)とルール整備、淘汰(とうた)の末に新産業代表企業の誕生というお決まりのパターンを繰り返す。

 イノベーション活動の活発化という点では非連続的だが、新しいチャンスをつかもうと工夫を重ねる点は連続的で、中国企業の成長方式は良い意味で不変だ。

                   ◇

【プロフィル】木村公一朗

 きむら・こういちろう 早稲田大政経卒。博士(経済学)。2001年ジェトロ・アジア経済研究所入所。過去に中国社会科学院、香港大学、台湾経済研究院、米ブランダイス大学で客員研究員。43歳。石川県出身。

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