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当時、そして今 習近平が受け止めた天安門事件 (1/2ページ)

 30年前の天安門事件(1989年6月)で「悪役」を演じた李鵬(当時、首相)が先月下旬、90歳で亡くなった。もう一人の「悪役」であるトウ小平に追随して首都北京に戒厳令を布告した李鵬について、死後に国営メディアが伝えた略歴は、トウ小平ら長老たちの支持の下、「旗幟鮮明に、断固たる措置を取り、反革命動乱を鎮圧した」と述べている。(元滋賀県立大学教授・荒井利明)

 共産党機関紙「人民日報」は略歴に加え、2012年の第18回党大会の閉幕前、習近平と握手をしている写真も掲載したが、略歴における李鵬評価は、習近平政権の事件評価でもあり、事件当時の評価と基本的に変わっていないことを示している。

 習近平は事件当時、まだ30代半ばと若く、福建省東北部の寧徳地区の党書記、つまり寧徳地区のトップの地位にあった。北京から遠く離れた福建省で、習近平は事件をどのように受け止めたのだろうか。

 事件前後の1988年9月~90年5月の習近平の演説や文章など29編を収めた「擺脱貧困(貧困からの脱却)」に、当時の習近平の思いがうかがわれる。この本は92年に刊行され、習近平が党総書記に就任してほぼ2年後の2014年夏に再版されている。

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