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金融庁発足20年 “育成庁”へ道半ば、仮想通貨など新たな課題も

 金融庁が2000年に発足してから、7月1日で20年を迎える。最大の課題だった不良債権処理でかじを取るなど、バブル経済崩壊後の危機対応で重要な役割を果たしてきた。現在は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、金融における新たな役割も求められている。金融とITを融合した「フィンテック」への対応や地域金融機関の強靭(きょうじん)化といった新たな課題にも取り組むが、道半ばだ。

 “処分庁”転換図る

 「強く叱責するような検査官もいて、常にピリピリしていた」。金融庁は01年から大手行の融資先の経営や資産状況を厳しく検証する特別検査に着手するが、大手行のベテラン行員は当時の様子をこう振り返る。

 金融庁の前身である金融監督庁は、1998年に旧大蔵省(現財務省)から金融行政を分離・独立する形で発足した。この組織改革は、同省幹部への過剰接待問題など銀行との癒着が問題視されたほか、体力の弱い銀行も守り一行もつぶさないという“護送船団方式”の金融行政がバブル崩壊を経て行き詰まっていたことが背景にある。その後、金融監督庁は企画部門も含めた金融庁に改組される。

 当時の最大の懸案は、バブル崩壊で膨らんだ返済の見込みがない不良債権の処理問題。金融庁は特別検査など強硬的な手段を用いながら、銀行に不良債権処理を強く迫った。

 結果、メガバンクなど主要7行の不良債権比率は2002年3月期の8.4%をピークに減少に転じ、19年3月期には0.6%にまで低下。バブル崩壊後の不良債権問題は収束した。

 だが、不良債権処理を重視するあまり、業績が少しでも振るわなければ融資しない、いわゆる“貸し渋り”などの問題も生じた。

 問題を解消するため18年7月、金融庁は不良債権処理の象徴ともいえる立ち入り検査を担ってきた「検査局」を廃止し、業務を他の局に移した。金融機関の健全性を厳しくチェックする強硬姿勢を改め、銀行経営の自主性と融資先企業の成長を狙った。

 昨年12月には立ち入り検査などの方針を示した「金融検査マニュアル」も廃止。厳しい処分を科してきたため「金融処分庁」などと揶揄(やゆ)された金融庁だが、「“育成庁”に変わる」(幹部)と強調する。

 また、新型コロナの感染拡大を受け、今月には地方銀行などを念頭に公的資金による資本注入を受けやすくする改正金融機能強化法が成立した。

 地域金融機関の健全性を保ちつつ、貸し出しによる企業の資金繰り支援を後押しする。麻生太郎金融担当相は「将来を見据えた先手の対応」と説明。新型コロナ問題の長期化に備える。

 フィンテックに甘さ

 一方、金融庁は新たな課題にも直面している。

 18年1月に仮想通貨交換業者コインチェックから当時のレートで約580億円分の仮想通貨の流出が明らかになった。金融庁が全ての交換事業者を検査するとずさんな管理体制が次々に発覚。行政処分を連発する事態に発展した。処分は金融庁が“お墨付き”を与えた登録業者にも及び、金融とITを融合したフィンテックに対する金融庁の対応の甘さが露呈した。

 また銀行業界は低収益にあえぎ、特に地域金融機関は深刻だ。

 人口減少に伴い資金需要が低下し、日本銀行の低金利政策で利ざや(貸出金利と預金金利の差)も縮小。全国地方銀行協会によれば、20年3月期は64行のうち約70%が最終減益もしくは赤字。地域金融機関は新たなビジネスモデルを模索するものの、経営環境は厳しく、金融庁が目指す“育成庁”への道のりもまた遠い。(大柳聡庸)

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