専欄

中国のネット暴力「人肉捜索」第1号が示した恐怖

 日本もそうか、と驚いたのが、新型コロナウイルス禍で頻発しているネットでの誹謗(ひぼう)中傷、人権侵害である。感染者情報では、本人ばかりか家族までの個人情報が暴露され、非難する書き込みがネットで繰り広げられる。その容赦なさは「ウイルスより恐ろしい」との声が上がるほどだ。嘆かわしい話である。(ノンフィクション作家・青樹明子)

 「ネット先進国」中国はどうなのだろう。もちろん中国でも、特にコロナで都市封鎖が続いた折には、ネット暴力が多発し、特に地域での第1号感染者に対しては暴力的な言葉が相次いだ。「何でウイルスを持ち込んだ!」「欧米が危険地域なのは分かっていただろう。そんなところに旅行するなんて身勝手だ!」など、罵倒の声が絶えず、同時に詳細な個人情報がネット上で暴露された。電話は鳴り続け、直接自宅に押し寄せる人もいたくらいだ。

 ネットで個人を突き止めるのは、中国語で「人肉捜索」という。おどろおどろしい名称だが、もともとは「尋ね人」という側面が強かった。「〇〇幼稚園で同級だった〇〇を探している。情報はないか」「〇〇で親切にしてくれた〇〇を探している。情報があれば教えてほしい」…、原点は暴力とは程遠い。それが転じて、ネットで個人情報を暴露する恐ろしいツールへと変化していく。

 その脅威を実感したのが、2008年1月に起きた「姜岩事件」である。夫の不倫を知った31歳の会社員女性、姜岩さんは、24階の自宅マンションから飛び降り自殺をした。死の直前、自らのブログに夫と不倫相手が秘密裏に旅行したときの写真を載せ、友人たちに別れを告げてから飛び降りたのである。

 ネット民の同情はもちろん姜岩さんに集まった。その後恐ろしいまでの人肉捜索が行われ、夫と不倫相手の実名はもちろん、職場の詳細、自宅住所、電話番号、家族構成、あろうことか身分証番号までネットで暴露された。夫は毎日、見知らぬ他人からかかる嫌がらせの電話に悩まされ、勤務していた広告会社も辞めざるをえなかった。業界の実力者は「自分の目の黒いうちは、2人を広告界で働かせない」とまで言い切った。現実生活は完全に破壊され、一歩も外に出られない状態が続いたという。

 事件は中国における大規模人肉捜索第1号とされていて、その後元夫が原告となって、裁判の場で争われた。

 裁判では、人肉捜索が個人のプライバシーを侵害したと認め、ネット暴力を放置した責任を問われたネット会社は賠償金の支払いを命じられた。

 裁判結果はともかくとして、当事者たちのその後の人生を大きく変えたのは事実である。

 私たちは21世紀という文明の時代を生きている。コロナより怖いとされるネット暴力に、もっと冷静に向き合う必要がある。

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