疾風勁草

菅義偉総理退陣が意味するもの 時代は指導力のある強いリーダーを求めている (1/2ページ)

高井康行
高井康行

 場当たり的と受け止められたコロナ対策

 まずは、菅義偉総理に「新型コロナで大変な中、1年間本当にご苦労様でした」と申し上げたい。対外関係では、「自由で開かれたインド太平洋」という概念を国際的に定着させ、イギリス、ドイツ、オランダなど欧州各国を参加させたこと、日米同盟を深化させたこと、これらにより中華人民共和国への抑止力を向上させたこと、国内関係では、皇統の男系維持への道筋を作ったこと、国民投票法を改正し憲法改正への地ならしをしたこと、デジタル庁を創設し社会のデジタル化に着手したことなど、菅政権がこの1年間で成し遂げたことは意外に多い。

 新型コロナ対策についても、客観的に見れば、日本の感染者数、重傷者数、死者数は、欧米各国に比べればいずれも圧倒的に少ない。その意味では、相対的には日本の新型コロナ対処は一応成功しているとも言える。

 しかし、国民は、菅政権の新型コロナ対策には納得しなかった。菅政権の新型コロナ対策は、状況追随主義で場当たり的であると受け止められた。その中での五輪・パラリンピック開催で国論が二分され、緊急事態宣言の繰り返しや度重なる延長で国民の間に厭戦(えんせん)気分が漂うようになった。

 菅総理が、国民に向かって、新型コロナが蔓延する最中に日本で五輪・パラリンピックを開催する意義を、自信に満ちた姿で堂々と語ることは終(つい)になかった。緊急事態においては、国の最高リーダーたる者は、国民に対し、目標とその目標に至る道筋を明確に提示し、その目標に向かって一致結束して進むよう説得して士気を鼓舞しなければならない。しかし、残念ながら、菅総理にはそれが欠けていた。

 今年に入ってから、これまで自民党を支持していた保守層からも、「彼らに任せておいて日本は大丈夫か」「彼らはこの程度の能力だったのか」「日本はもう少しうまくコロナに対処できると思っていたのに」「こんなことで、もっと大きな危機が起きたときにうまく対処できるのか」などという声を聞くことが多くなった。

 政策や政治姿勢を巡って、自民党政権が野党から激しく攻撃されたことは、これまでに何度もあった。しかし、そのようなときでも、保守層には、「自民党政権なら何とかするだろう」という一種の安心感があり、その政権の統治能力そのものに対する不安や疑問が、これほどあからさまに示されたことはなかったように思う。

 基盤的なところで保守層の心が離れ始めた以上、菅総理の退陣もやむを得ないものであった。

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