カロッツェリア精神 イタリアの産業界を救うか

2013.7.21 06:00

 日本のデザイナーがイタリアのデザイン事務所を訪れると驚く。

 「モデルを作らないの?!」と。

 三次元の模型で形状を確認しようとしないし、そもそも手を動かしながらカタチを作りこむ習慣があまりない。

 ミラノでモデルやプロトタイプ(試作品)を製作する工房Wahhworksを経営するサムエル・セッラウが語る。

 「50%のデザイナーがモデル製作はコストがかかり過ぎると言い、30%は役に立たないと考えているね。残り20%がモデルの重要さを理解し、ぼくのクライアントになってくれるんだ」

 機械工学と工業デザインを勉強した彼自身、最初からモデル製作を重要だと認識していたわけではない。学校を終えた後、一年間半ほど韓国の自動車メーカーのインハウスデザイナーたちと一緒に仕事をした。その際、彼らがアイデアスケッチを描いては捨て、二次元でカタチを十分に整える前にモデル作りに取り掛かる姿をみてショックを受けた。もちろん衝突もおこった。

 しかし、スケッチはアイデアの発火点に過ぎないと理解した彼は、「二次元の世界では必ず見落としがある。手を動かしながら考えるのは合理的だ」と気づいた。模型を作らなくても頭の中で三次元をイメージできると自負するイタリア人デザイナーが多いが、それは自信過剰だと判断したのだ。 

 セッラウは2008年、今の会社を設立した。直後リーマンショックが襲ったが、事業は堅調に伸びてきた。5年前、彼の目からみてミラノ市内に競合は15社あったが、現在は5社に絞られている。

 不況で閉めた会社もあるが、技術的に自分たちが追い抜いた会社も多い、という意味だ。

 建築や工業デザインのモデルやプロトタイプを作る。ジュエリーの少量生産やアーティストから作品制作の依頼も受ける。

 「アートは全く新しい発想を強いられることが多く、それが工業デザインのモデルを作る時に役立ったりするんだ」

 また、「挑戦するデザイナー」もやってくる。大企業では採用してもらえないアイデアをベンチャーで何とか実現したいと願う若手たちが、工房のサイズと力量を頼りにする。LEDで生まれ変わりつつある照明器具などが一例だ。

 ただ主力ビジネスはオートバイの部品だ。それもハーレーダビッドソンの燃料タンクやエアロパーツなどを独自に開発しオンラインで販売する。BMWでもドゥカッティでもない。対抗馬が多すぎる自転車でもない。彼自身もハーレーダビッドソンに乗りコミュニティにも参加する。そのなかでどういうパーツが求められているかをリサーチし次のネタを考える。

 国境を越えて商売することに興味がない。パートナーと自分のリアルな身体を動かしてまかなえる範囲内で、自分たちにしかできないことに徹底してこだわる。ドイツで生まれドイツとイタリアの国籍をもつ彼が、外の世界に関心がないわけではない。

 「日本にぼくが理想とする会社があってね、訪ねてみたいと思うよ」と語りながら、「身の丈のビジネスをするのが理想だね」と付け加えるのだ。

 戦後、モノづくりの現場を支えてきた親たちは子供に「大学を出てエンジニアになれ。職人を使う人間になれ」と盛んに勧めた。しかし大学を卒業してもまともな職につけない子供が溢れ、結局は親の小さな工場を手助けすることになった。

 自らの手を動かすという点で「父親の仕事をコピー」したのだが、同時に新興国には負けないエッセンスとは何かを考え抜こうとしている。これが新しいタイプのスタートアップの背景だ。

 振り返るとイタリアにはカロッツェリアという伝統がある。オーダーメイドのクルマを生産する工房だ。かつて自分だけのスタイルを求めるカーマニアが世界から集まった。その大手が量産車の限定版を生産したり、自動車メーカーにデザインやモデルを供給して栄えた時代がある。だが自動車メーカーの開発内製化が進み地位は低下し、現在、カロッツェリアは過去ほどに注目されない。

 しかしながら、セッラウにみるように、そのスピリットは存続している。創造的なコンセプトへの執着心がイタリアの産業界を救う芽は残っている。

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