【ASIAウオッチャー】フィリピン・アキノ政権の6年(上)

2015.11.24 05:00

 □ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター 研究グループ長代理・鈴木有理佳

 ■財政健全化で顕著な功績 国のイメージと信頼度が向上

 ベニグノ・アキノ3世が2010年6月30日に大統領に就任して以来、フィリピンは国のイメージが向上し、国際的な信頼度が高まった。フィッチ・レーティングス、スタンダード&プアーズ、ムーディーズの米格付け大手3社は、フィリピンを投資適格に引き上げた。理由の一つは、アキノ政権が財政健全化に努めてきたからだ。歳出を抑える一方で、歳入の回復に努めてきた。国内総生産(GDP)に対する租税収入の割合は、09年の12.2%から14年に13.6%へと上昇した。この間、財政赤字は3.7%から0.6%まで低減している。

 ◆高い支持率

 マクロ経済も好調だ。アキノ政権下のGDP成長率は、3.6%だった11年を除き、6~7%台で推移し、インドネシアやマレーシア、タイなどの近隣諸国を上回る。経常収支も黒字を維持している。国内の物価は安定し、実質賃金も目減りせず、生活水準に変動がない。とりあえず、国民の多くはアキノ政権の経済運営に不満を抱いていないだろう。

 アキノ政権が経済運営で成功した要因は何か。最も大きいのは国民の支持率が高く、政権が安定していることだ。今年9月の大統領支持率は64%だった。大統領の任期は6年で再選が認めらないフィリピンでは、通常、政権末期になると大統領支持率が半分以下にがくんと下がる。来年5月で任期切れとなるアキノ大統領が、これだけの支持率を得ているのは驚異的と言っても過言ではない。

 ベニグノ・アキノ3世は、父がベニグノ・アキノ・ジュニア元上院議員で母がコラソン・アキノ元大統領という血筋だ。そんな政治一家で育ったベニグノ・アキノ3世は、フィリピン国民にとって“救世主”として大統領に迎え入れられた。前大統領が率いる政権は汚職や不正が絶えず、国民は政治不信に陥っていたため、ベニグノ・アキノ3世が大統領に就任して国政を一新してくれることを望んでいた。その期待にアキノ政権は応えたといえよう。

 ◆教育制度改革

 アキノ政権には良好な経済運営のほかにもいくつかの功績がある。最も顕著なのは、教育制度改革だろう。従来の「初等教育6年・中等教育4年」を「初等教育6年・中等教育6年」に改めた。中等教育の2年延長により、大学入学一般年齢が16歳から18歳となる。教育期間が世界標準と肩を並べるわけだ。中等教育の2年上積みは16年から適用される。つまり、18年には初等中等12年間の教育を終えた最初の学生が誕生する。

 国の懸案事項の解決に結びつく法案をいくつか通したことも目を引く。代表的なのが12年12月に成立した「リプロダクティブ・ヘルス(RH)法」。望まない妊娠や“闇の中絶”から女性を守る道を開く法律だ。今年7月には、独占禁止法に相当する「公正競争法」と、外国籍船によるフィリピン国内での海上貨物輸送の自由度を広げる「外国船共同積荷法」にアキノ大統領が署名した。貿易と公平な競争を促進するのが狙いだ。こうしたさまざまな改革に着手したことが、アキノ政権の評価を上げた。

 アキノ政権は、国内社会の安定にも大きな足跡を残している。12年10月、政府とイスラム武装組織MILF(モロ・イスラム解放戦線)は和平合意に達した。ミンダナオ島南西部で約40年に渡って続いた紛争にひとまず終止符が打たれた形だ。これらの動きもフィリピンのイメージアップと信頼度の高まりに寄与している。

 しかしながら、改革の方向性は定まっても、それが確実に執行されるかどうかは別である。フィリピンでは法律が制定されても、その執行に問題があることがよくあるからだ。MILFとの和平手続きについても、今年1月に発生した事件のせいでほとんど進展していない。フィリピンのイメージアップに寄与したさまざまな改革が、今後、確実に執行され効果を上げるのか、注目していきたい。(談)

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【プロフィル】鈴木有理佳

 すずき・ゆりか 慶応大学経済学部卒、同大学院経済学研究科前期博士課程修了。1995年アジア経済研究所入所。2000~02年と11~13年にフィリピン大学経済学部客員研究員。東京都出身。

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