【高論卓説】「夫婦控除」という欺瞞 子供の数に応じた制度こそ本質

2016.10.19 06:19

 2017年度税制改正の目玉として議論されていた「配偶者控除の廃止」と「夫婦控除の導入」が見送られた。一連のドタバタを見て、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」、特に構造的な成長戦略構築を目指すはずの政府・与党に対し、一抹の不安を覚えたのは私だけではないと思う。

 アベノミクスの本質は、国民の支持のつなぎ止めのための単なる「動いている感」だと見透かし「(新)3本の矢」「成長戦略」「GDP(国内総生産)600兆円」「1億総活躍」「働き方改革」など中身のない標語だけがフワフワと独り歩きしているという否定的な見方がある。安倍政権の長期安定化を国益として応援している私も、今回の騒ぎに関しては、この見方を認めざるを得ない。

 特に衝撃なのは今回、諸課題の解決策の目玉として浮上した「夫婦控除」なるものの陳腐さだ。一体、何のための制度なのか。税制の素人でも分かるのは、所得・税額の控除導入には、何らかの政策的インセンティブ設計が作用することだが、果たして「夫婦になることで控除が受けられる」ことの意義は何か。後述の通り、日本の持続・成長に必要なのは、子づくり・子育ての促進であり、仮に今回の案が「結婚」段階を踏まえての少子化対策ならば、より本質的に、子供の数に応じた「子育て控除」的なものを導入すべきだ。

 私の理解では、労働力不足解消も念頭に「女性活躍」「同一賃金、同一労働」「働き方改革」などの標語を具体的施策にする中で出てきたのが、今回の配偶者控除廃止と夫婦控除導入だ。すなわち、配偶者控除により生じている「103万円の壁」(同控除の恩恵を受けるため、主に一般家庭の妻が、年収103万円を超えない短時間・非正規雇用を甘受する状態)を取っ払い、女性の労働力活用を狙う中、既得権益層(主婦層)からの反発を避けるべく、「痛み」が顕在化しないように「夫婦控除の導入」が浮上したというわけだ。

 繰り返しになるが、「夫婦控除」という浅知恵は、税制の根幹たる「何のため」という意義付けが不明なばかりか、子育てに苦労する主婦層を働かせるという動きを出すことで、かえって少子化という別問題を深刻にする恐れがある。

 人口維持水準が2.08という合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の平均数)に関して、現在の1.46という数字を1.8に引き上げるのが政権の目標であるが、そのことをどう考えているのか。

 本来目指すべきは「子供がいない主婦層」を本格的外部勤労に向かわせるか、子づくり・子育てに向かわせるかということ。「配偶者控除の廃止」と同時に検討すべきは「夫婦控除」なる選挙対策色の濃い欺瞞(ぎまん)の制度ではなく、育てる子供数に応じた「子づくり・子育て控除」的制度の抜本的確立だ。

 「1億総活躍」とは、女性に関しては、企業で働いたり、子育てに奮闘したり、あるいはその同時達成だったり、さまざまな形で輝く状態を目指したはずだ。長期本格政権を目指す安倍内閣で、中核的政策課題に関して、非常にいい加減な制度が浮上しているのは残念極まりない。一事が万事という言葉もあるが、他の分野も含め、随所で「標語」を表層的に実現する「弥縫(びほう)策」が検討されるとしたら恐ろしい。

 政党間の離合集散や体制変更が一巡する中、自民党に代わって本格的な改革を目指す政党も特に見当たらない。政府・与党は、時代認識を新たにして、次世代につながる本格改革を目指してほしい。

【プロフィル】朝比奈一郎

 あさひな・いちろう 青山社中筆頭代表・CEO 東大法卒。ハーバード大学行政大学院修了。1997年通商産業省(現経済産業省)。プロジェクトK(新しい霞ヶ関を創る若手の会)代表として霞が関改革を提言。経産省退職後、2010年に青山社中を設立し、若手リーダーの育成や国・地域の政策作りに従事。中央大学客員教授。43歳。

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