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ウィンブルドンという「らしさ」 透けるコロナ以外の中止理由

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)はとどまるところを知らない。世界各国・地域に多大な影響をもたらしている。スポーツ界も例外ではない。今年最大のイベント、東京五輪・パラリンピックが1年後に延期されるなど、イベントの延期、中止が相次いだ。経済的な損失額は想像を絶する。しかし、選手や観客の命や健康と引き換えにはできない。

 生活設計に狂い

 先週、テニスで最も長い歴史と格式を誇るウィンブルドン選手権の中止が発表された。1877年創設のウィンブルドンは両次大戦時以外の中止はなく、第二次大戦終了後の1945年以来初めての事態となった。

 4大大会では全豪オープンは感染拡大の前、1月に予定通りに開催されたが、5月24日開幕予定の全仏オープンは9月に延期となった。ただし開幕は9月20日。8月31日に開幕する全米オープンの決勝戦が予定されている9月13日から、わずか1週間しか間隔がない。

 全米はハードコート、全仏はクレーコート。セメントやアスファルトを基に合成樹脂で表面を固めたハードと、土が基本のクレーとではコートを跳ねる球足のスピードがまるで異なる。

 1週間のインターバルではトップ選手でも難しい対応が迫られる。まして4大大会の2つが短期間で続くのだ。選手たちからは当惑の声があがり、「正気じゃない」との批判も出た。

 プロテニス選手は名誉と賞金も別格の4大大会を中心に年間計画を立て、世界を転戦する。最大の目標である“稼ぎ場所”がなくなったり、変更されたりすれば生活設計が大きく狂う。

 ウィンブルドンの中止に、当然、当惑の声は上がった。しかし、全仏ほどの批判は聞かれなかった。パンデミックへの理解が進んできた証明だといえるかもしれない。だが、この歴史ある大会からはそれ以外の理由を感じてしまう。

 中止の理由は天然芝

 主催のオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ(AELTC)はプレスリリースで、「この世界的な危機への極めて正しい決断だと確信している」と述べた。そして「天然芝のコート」を中止の理由に挙げている。延期すれば、微妙な天然芝の養生の状態が変化し狂いかねない。それによってコートのありようが本来の姿と異なってしまう。延期を決めた土のコートの全仏オープンとの大きな違いである。

 ウィンブルドンには、最古の大会としての矜持(きょうじ)がある。他の3大会が正式名称に国名を掲げるなか、唯一「The Championships」と称してきた。出場選手に白のユニホーム着用を義務付ける格式は「ウィンブルドンならでは」である。天然芝も「ならでは」であり、だからこそ、延期ではなく、中止と決めたのである。

 ウィンブルドンの2019年大会の男女シングルス優勝賞金は235万ポンド(約3億1400万円)、賞金総額は3400万ポンド(約45億4100万円)であった。4大大会を比較すれば、全豪、全仏には勝るものの、男女シングルス優勝賞金各385万ドル(約4億1900万円)、総額5700万ドル(約62億円)の全米オープンとは比較にならない。

 しかし、選手たちは「ウィンブルドンは特別」という。AP通信によれば、昨年のシングルス女王シモナ・ハレプ(ルーマニア)はこう話したという。「私たちはテニスよりももっと重大なことに直面している。ウィンブルドンはいずれ戻ってくる。私はタイトル防衛をより長い時間楽しみにできる」

 ウィンブルドンは中止によって「らしさ」を守り、よりブランド力を高めたといえまいか。(尚美学園大学教授・佐野慎輔)

【プロフィル】佐野慎輔

 さの・しんすけ 1954年富山県高岡市生まれ。早大卒。サンケイスポーツ代表、産経新聞編集局次長兼運動部長などを経て産経新聞客員論説委員。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大および立教大兼任講師などを務める。専門はスポーツメディア論、スポーツ政策とスポーツ史。著書に『嘉納治五郎』『中村裕』『スポーツと地方創生』(共著)など多数。

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