高論卓説

気を緩められない株式相場の先行き 資金繰り難が誘う換金売り懸念

 株式相場が急落、乱高下するたびに思い浮かぶ言葉がある。禁酒法時代の米シカゴで暗躍したギャングのボス、アル・カポネが漏らした片言だ。1929年10月にニューヨーク株式相場が大暴落する直前、カポネは新聞記者からインタビューされた。その際に「株に手を出すつもりはない。危険すぎてオレには向かない」と答えた。意訳だが、株式相場が抱えるリスクの大きさを端的に言い当てた片言として今に残る。支配欲が強いカポネは思い通りにならない株式相場に匙(さじ)を投げたに違いない。

 内外の株式相場は今年、“コロナショック”で急落した。2月中旬に2万9551ドルの史上最高値を付けたNYダウは3月下旬に1万8591ドルまで下げた。1カ月余で下げ幅は1万ドルを超え、下落率は37.1%になった。日経平均も1月の高値2万4083円から、3月に1万6552円まで下げた。

 この間の下げ幅は7500円超、下落率は31.3%だった。世界恐慌の再来を思わせるほどの下落率の大きさだった。投資家は驚き、狼狽(ろうばい)した。各国の政府、中央銀行は焦燥感と危機感を強めた。

 世界恐慌下の33年、米国の第32代大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは就任式のあいさつで「われわれが恐れなければならないのは恐れ自体である」と語り出した。「未曽有の難局を打開するため、通常の手続きやしきたりなどに構っていられなくなる」と言葉を継いだ。ニューディール開始の宣言だった(『アスピリン・エイジ(ハヤカワ文庫)』からの引用)。

 コロナショックに直面した現代の政府、中央銀行はルーズベルト大統領に倣った。日米欧の財政支出による緊急経済対策の総額は旧知のエコノミストの調べによると、586兆円に上った。日本の国民総生産(GNP)を上回る。中銀はゼロ金利政策を導入し、無制限の資金供給に踏み切った。日銀は上場投資信託(ETF)の年間買入枠を6兆円から12兆円に倍増し、日々の買入額を1000億円余、時に2000億円余に引き上げた。

 日米の株式相場は政府、中銀のてこ入れで3月安値から反発し、落ち着きを取り戻した。市場には相場の最悪期は脱したとの安堵(あんど)感が広がり、反発持続への期待が強まる。

 しかし、安心は禁物だ。コロナショックで需要は蒸発し、サプライチェーン(供給網)は破断した。企業業績は悪化の度合いを深め、失業率も高まった。個人・法人の間で必要な現金を確保できなくなる流動性危機への不安が募る。

 産業界ではコミットメントライン(銀行融資枠)の設定が相次ぐ。金融機関からの資金調達が途絶えでもしたら、背に腹は代えられぬと手持ち株式の換金売り、投げ売りに動くこともあり得る。相場商品の底値を探る格言の「半値、八掛け、二割引き」には続きがある。「余りものに値なし」だ。換金売りが出てきたら、ひとたまりもない。日経平均は再び下げ足を速める。

 株式相場の戻りは新型コロナウイルス感染の鎮静・収束のスピード次第である。「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもない」。アルベール・カミュ著『ペスト』(新潮文庫、宮崎嶺雄訳)の巻末にこんな記述がある。

 新型コロナも「第2波」「第3波」への警戒、不安が消えない。相場の先行きに気の緩みは許されない。用心が怠れない。

【プロフィル】加藤隆一

 かとう・りゅういち 経済ジャーナリスト。早大卒。日本経済新聞記者、日経QUICKニュース編集委員などを経て2010年からフリー。東京都出身。

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