コロナ その時、

2020年に3度の波 新型コロナウイルス、日本社会を一変

 五輪延期/緊急事態宣言/GoTo事業

 2020年は新型コロナウイルス感染が世界を覆い、社会の様相が一変し、人々も新しい日常を迫られた。連載「コロナ その時、」では、内外の主な出来事を取り上げ、何がその時起きていたのかを検証した。人類にとって未曽有の災厄となったコロナ禍の1年を振り返る。

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 この1年で、日本は3度にわたる大きな感染の“波”を経験してきた。

 新型コロナが一気に注目を集めるようになったのは、2月3日に横浜港に到着したまま留め置かれ、最終的に乗客乗員3711人中712人が感染、13人が亡くなったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での集団感染だ。同月13日には国内初の死者が確認され、危機感が高まった。

 27日に安倍晋三首相(当時)が全国の小中学校などに一斉休校を要請。3月24日には東京五輪・パラリンピックの延期が決まり、その5日後、タレントの志村けんさんが新型コロナによる肺炎で死去した。

 4月7日、政府は改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、東京や大阪など7都府県を対象に緊急事態宣言を発令。16日には対象を全都道府県に拡大した。外出自粛要請で街から人が消え、繁華街は静まり返った。

 コロナ禍は人々の暮らしや働き方も変えた。政府が「新しい生活様式」を提唱し、マスク着用や「3密(密閉、密集、密接)」回避などが浸透。感染予防の観点からテレワークを導入する企業が増えた。

 緊急事態宣言が全面解除されたのは5月25日。海外からの帰国者から伝播(でんぱ)して発生した第1波は、多くの犠牲者を出し、経済に大きなダメージを与えた末に収束していった。

 3密、テレワーク、夜の街

 6月19日、政府は都道府県境をまたぐ移動を全国で解禁、東京都は接待を伴う飲食店などに出していた休業要請を解除し、プロ野球も3カ月遅れで開幕するなど、人々の生活は徐々に明るさを取り戻していった。

 しかし、同時に感染も再拡大した。東京では新宿・歌舞伎町を中心とした「夜の街」で感染者が増加。観光支援事業「Go To トラベル」が、東京を除外した上で7月22日からスタートするころには、大阪や愛知、福岡といった大都市圏から地方にも波及し、第2波が列島を襲った。

 夏休みに入り、旅行や帰省を控えるよう呼びかける声が日増しに高まる中、8月7日には第2波としては最多となる1595人の新規感染者を確認した。

 ここをピークに感染者数は減少傾向を見せる中、コロナ対策の先頭に立ってきた安倍首相が同月28日、健康問題を理由に辞意を表明。官房長官として補佐してきた菅義偉(すが・よしひで)氏が9月16日、新首相に就いた。

 若者を中心に感染者の数は第1波を大きく上回った第2波だが、重症者数には顕著な差はなかった。検査拡充で感染者の掘り起こしが進んだことや、第1波を踏まえた対策が一定の成果を上げたことが背景にあるとみられている。

 第3波、医療逼迫強まる

 そして今、第3波が列島を包み込んでいる。特徴は、これまで若い世代が中心だった感染が高齢者に広まり、それに伴い重症化する人が増えていることだ。12月の死者数は月別では最多だった5月を大きく上回っている。

 また、感染拡大の原因となるクラスター(感染者集団)の発生場所などが多様化し、地方にも広がりを見せている。北海道や大阪では、コロナ治療の基幹となる病院でクラスターが発生するなど、医療体制の逼迫(ひっぱく)は第1波をしのぐ勢いだ。12月25日には、感染力が強くなったとされるウイルスの変異種の感染者が国内で初めて確認された。

 厚労省によると、27日時点の国内の累計感染者数は21万8374人。死者は3251人にのぼる。

 第3波がいつ収束するのか、コロナ禍で日本がどう変わっていくのか、2021年を迎えた今も視界は晴れない。

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