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たくさんの出会いと経験を大切に 佐藤真海

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たくさんの出会いと経験を大切に 佐藤真海

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ラグビー日本代表の合宿に講演で招かれ、選手らと笑顔で記念撮影。アスリート同士で交流を深めた(佐藤真海さん提供)  【パラリンピアン・ライフ】

 「ここは本当に日本なんだろうか」。不思議な感覚を抱いたまま、頭上に掲げた両手をたたき、観客の皆さんに手拍子を求めていました。

 10月13日。国体と障害者の全国大会を一体化した「スポーツ祭東京」に出場しました。会場は東京都調布市の「味の素スタジアム」。女子走り幅跳びが行われた競技場の一角には、大勢の報道陣や関係者をはじめ、一般の方々も観戦に駆けつけてくれました。

 「真海(まみ)ちゃーん!」。観客席からも応援の声が聞こえました。着地点となる砂場の奥からは、数え切れないほどのテレビカメラのレンズが向けられ、取材の記者は100人を超えたそうです。

 競技を始めて11年目になりますが、国内の会場でこんな光景は目にしたことがありません。パラリンピアンの大会に多くの観客が駆けつける海外の大会を、いつもうらやましい気持ちで眺めてきました。

 まさに新風が吹き込んでいる感覚でした。「この日は、もしかすると日本のパラリンピック界にとって歴史に残る1ページになるかもしれない」。だからこそ、私は観客の応援に後押しを求め、国内の大会で初めて手拍子を誘ったのでした。

 記録は4メートル75センチ。自己ベストの5メートル02センチには遠く及びませんでした。言い訳にはしたくないのですが、今季は春先から2020年東京五輪・パラリンピック招致の活動で練習をやむなく中断することが多かったのも事実です。9月7日にブエノスアイレスで行われた東京招致委員会の最終プレゼンに登壇後も、取材やイベント参加で十分な調整時間が取れませんでした。

 そんな中でもある程度の記録を出せて2位に入れたのは、会場内の盛り上がりと決して無縁ではなかったと思い、感謝の気持ちで一杯です。この機運が一過性のもので終わらないように、私自身も啓発活動を続けていこうと改めて思いました。

 メディアの「本気」と力

 今年はなかなかゆっくりする時間がありません。約2週間後の10月29日、今度は日本記者クラブで会見する機会をいただきました。

 現役のパラリンピアンとして、2020年大会の招致活動に関わったときの思いや、7年後に向けてどのような大会を作り上げていくべきかという今後の取り組み、そして世界と共有するスポーツの力、さらには心から本番を楽しむためにも復興が不可欠であるという東北出身者として願いなど…。招致活動を通して、私自身が伝えたかった思いを改めて話しました。

 質疑応答では、鋭い質問が相次ぎ大変でした。「パラリンピックの今後をどうしたらいいか」「資金面や環境面をどう改善していくべきか」「五輪とパラリンピックの一体感を生み出していくには何が必要か」。一人のアスリートが答えを出す域を超えた難しいテーマだと改めて実感しました。

 私は2年前に早大大学院でパラリンピックやスポーツビジネスについて学びました。修了後も海外の遠征先などで課題について考えながら競技をしてきました。これまでに培った知識と自らの考えをなんとか言葉にして、必死に答えました。メディアの皆さんが本気でパラリンピックに向き合ってくれようとしているんだと心強く感じる会見でもありました。

 私が日本の女子選手として初めて義足の陸上競技でパラリンピックに出場したのが2004年のアテネ大会。当時に比べ、強化と普及の現場では、若い代表選手から幼い子供たちまで、義足の選手は着実に増えています。私のサポートをしてくれている義肢装具士の臼井二美男さんが開く毎月の練習会には、50人以上の義足選手やその家族が集まります。この輪を広げていくためにも、メディアの情報発信の力は欠かせません。

 「皆さんの力を継続して貸してください」。記者の皆さんにはこうお願いをしました。

 同じような夢追いかけ

 この日の前日、ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチからオファーをもらい、代表の合宿先で話をする機会にも恵まれました。

 世界ナンバーワンのニュージーランド代表「オールブラックス」との一戦を控えた選手の皆さんを前に、3メートル20センチからスタートして夢の5メートルに到達した経験や、競技の普及とPRに強い意識を持っていることを話しました。エディーさんはオファーをくれた後に脳梗塞と診断され、当日はお会いできませんでしたが、その思いに少しでも応えたいと自分なりに言葉を紡ぎました。

 その日の夜、入院先からわざわざ感謝のメールをもらいました。エディーさんの回復を心より願っています。

 ラグビーは2019年に日本でW杯が開催されます。いうまでもなく、東京五輪・パラリンピックの前年です。そして、代表の皆さんは世界に少しでも近づくため、そして日本でラグビーをよりメジャーにしていくための使命感を持って戦っています。

 最初は自分が役に立てるのか不安でしたが、同じような夢を追いかけるアスリートの仲間に出会うことができて、私もうれしく思いました。新たな経験や出会いを通じて、自らもまた成長していくことができればと思っています。(女子走り幅跳び選手 佐藤真海/SANKEI EXPRESS

 ■さとう・まみ 1982年3月12日、宮城県気仙沼市生まれ。早大時代に骨肉腫を発症し、20歳のときに右足膝下を切断して義足生活に。大学3年だった2003年1月から高校時代以来の陸上競技を再開。女子走り幅跳びで04年アテネ大会から12年ロンドン大会まで3大会連続でパラリンピックに出場。今春にマークした5メートル02センチは義足選手の日本記録。サントリーに勤務する傍ら講演などでパラリンピックの普及・啓発にも取り組む。

 日本記者クラブチャンネル

会見動画「佐藤真海 パラリンピック女子陸上選手」(2013年10月29日)

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