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ダム湖、岩山…自然を存分に生かして 「国東半島芸術祭」 椹木野衣
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並石プロジェクト_勅使川原三郎「月の木」(提供写真)
大分県国東(くにさき)半島――古くから瀬戸内と大陸をつなぐ交易の要所を担い、そのなかで独特の山岳仏教を育んできた密(ひそ)やかな聖地。2012年より、この地を舞台に継続的に「国東半島アートプロジェクト」が開かれてきた。私が初めてここを訪ねたのも、それがきっかけだった。そして本秋、いよいよ本編とも言うべき「国東半島芸術祭」が開催される。それに先立ち、去る3月に開かれたプレイベントに参加してきた。
ここ国東半島で実現されてきたアートプロジェクトは、一回こっきりの企画ばかりではない。主要な成果は丁寧に保存され、時を掛けて着々と秋の開催に備えてきた。そのうち、すでに実現済みのオノ・ヨーコ、チェ・ジョンファらによる「香々地プロジェクト」は、国東半島に足を運べば、いつでも観ることができる。3月にはここに、舞台芸術家、勅使川原三郎による「並石(なめし)プロジェクト」と、英国の彫刻家アントニー・ゴームリーによる「千燈(せんとう)プロジェクト」が加わった。3月のプレイベントは、そのお披露目も兼ねた半島内のバス・ツアーというかたちを取っていた。
両者はいずれも甲乙つけ難い。対照的なのは、勅使川原のプロジェクトが並石地区に位置する、陽の暮れがことのほか美しい静謐なダム湖を舞台にしているのに対して、ゴームリーのプロジェクトが、千燈地区にそびえ、てっぺんからは遠く本州までを望める岩山に設置されていることだ。いずれも、たんに豊かなだけでなく、畏怖の念さえ覚えさせる自然を存分に生かした景観となっている。
勅使川原のプロジェクトでは、ダム湖の周囲を時の移ろいに沿い、ゆっくりと散策することで、水と空と大地の力を存分に味わうことができる。そのために作家は、道すがら、透明なガラスを素材にした屋外彫刻を2つ設置している。いずれも、水が重力に沿って下方に流れるさまをかたどったものだ。人間と大地は体液や雨、川、貯水池などを通じてたがいに水分を循環させている。勅使川原の彫刻を目印にダムの周囲を歩いていると、ふと、周囲の自然と自分のからだが、水を写し空に映える透明な彫刻を介して、自由に行き来するような錯覚を覚える。それだけではない。ここ並石ダムはかつて、人里であった。長く干害に苦しんできた半島を救うため、故郷の土地から離れた人がいたのだ。美しいダム湖の底に沈んだ顔も知らぬ誰かの古里のことを思うと、勅使川原の彫刻が、まるで涙のしずくように見えてきて、胸に迫るものがあった。
他方、ゴームリーが自分のからだを型取りした人体彫刻は、ふつうの屋外彫刻では到底ありえない、岩場の厳しい突端に据え置かれている。ここが聖域であることから、作品の設置をめぐって賛否が闘わされていると聞いたが、私が見たかぎり、彫刻は聖域を汚すどころか、その峻険(しゅんけん)さをむしろ際立たせている。ぜひ恒久的な設置とし、多くの人々を半島に招き入れる礎となってほしい。
設置にあたっては、難所ゆえ一度はヘリコプターでの作業をあきらめざるをえなかったという。が、代わって地域の名産で知られるしいたけ農家の方々が、日ごろ長(た)けた魚釣りの技を駆使して岩場までケーブルを張り、みごと実現に漕ぎ着けた。秋には複数のバス・ツアーを組んで国東半島をめぐるアートの旅が実現すると聞くが、季節のおりごとにこれらのプロジェクトは容貌を変えながら、時を選ばず来客を待っている。(椹木野衣/SANKEI EXPRESS)
■国東半島芸術祭 国東半島芸術祭は今年の10月4日~11月30日まで、大分県の国東半島で開かれる。芸術祭では、アート作品の公開・鑑賞、アーティストの滞在と創作活動、ダンスパフォーマンス、バスツアーなどが行われる予定。
プレ事業の「国東半島アートプロジェクト」は、2012年から半島各地で開かれており、13年度は3月1~23日に実施された。アートプロジェクトで設置された作品は、芸術祭への“蓄積”として据え置かれ、アントニー・ゴームリー氏らの作品も、来訪者が自己責任で安全に注意すれば、自由に鑑賞できる。