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歌舞伎座幕見から再び「三人吉三」を思う 長塚圭史

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歌舞伎座幕見から再び「三人吉三」を思う 長塚圭史

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朝方涼しいとつい朝寝をしてしまうが、ふらり散歩の果てに歌舞伎座なんていうのも、粋でしょう?=2014年8月2日(長塚圭史さん撮影)  【続・灰色の記憶覚書】

 稽古休みの朝、運動がてらに長い散歩をしていると地下鉄の駅に出る。時計を見れば午前10時よりも少し前だ。東銀座まで行くのにそう時間はかからない。八月納涼歌舞伎の朝の部でやっている谷崎潤一郎の「恐怖時代」は33年振りの上演となる残酷劇と聞いて是非観てみたいと考えていたし、(中村)勘九郎さん七之助くんも出演する。また「三人吉三」で立師を務めていた中村いてうさんが今作でも立ち回りを担当するということでこれも楽しみだった。

 10時15分ごろに歌舞伎座に到着。正面入口横の幕見席の列に並ぶ。いつもはどなたか関係者の方にチケットをお願いしてしまうのだけれど、唐突に観たくなったのだし、それに幕見席から一度観劇してみたかったのだ。チケットはなんと2000円。これで歌舞伎座の最上部からとはいえ、しっかりとした座席に座って観られるのだ。確かに表情などハッキリとは見えないが、せりふはしっかり聞こえるし、歌舞伎の特徴とも言える俯瞰の舞台装置を全体で眺められる面白さも味わえる。幕見席を見回すとかなりの芝居好きが観光客などの中に紛れている。小さな子供でさえ、簡単には展開しない「恐怖時代」を飽きもせずにじっと眺め、定式幕(黒、柿、萌黄色の縦縞の幕)がざ-っと閉まると拍手をしていた。あの若いお母さんがかなりの芝居通なのだろう。

 よみがえった立ち回りの苦労

 「恐怖時代」は七之助くん演ずる磯貝伊織之介という、若く美しい小姓の、若さゆえの残酷さと純粋さがくっきりと浮かび上がることで、凄惨(せいさん)で滑稽(こっけい)な話でありながらも、実を抱けたのではないだろうか。勘九郎さんの茶道珍斎は臆病過ぎるがゆえに笑いを呼ぶ役。こういう役で品を保てるところが心地良い。人気に走らず役そのものの面白みを追ってくれるので変に異化せず楽しめる。橋之助さんの殿様も血に煽(あお)られる狂気が絶望感を呼んだ。立ち回りもきらびやかに走らずきっぱりと簡潔で、人殺しの度合いが強まり機能していた。

 思えば立ち回りには苦労した。私が初めて演出助手を務めたコクーン歌舞伎「三人吉三」のことである。まずこれまでと違うのは、歌舞伎にこれまで出演したことも触れたこともない役者たちが大勢カンパニーに加わっていることだった。歌舞伎は所謂(いわゆる)アクションとは違って、踊りのように、さまざまな決まり事があり、型がある。それを組み合わせて、更にその公演における工夫と、芯の役者の味付けをして出来上がる。歌舞伎流に立ち回りを作ってゆくのなら、必然的に役者は基礎を齧(かじ)らねばならない。

 演出の串田和美さんは現代的なアクションを取り込むというよりも、歌舞伎を基盤とした大立ち回りに現代音楽を合わせたいということだったので、稽古の序盤は、権次を演じた尾上松五郎さんによる「歌舞伎立ち回り集中講座」が開かれるようになった。毎日2時間くらいずつ基礎中の基礎から丁寧にレクチャーしてゆくのだ。稽古の序盤は中村屋一門が巡業に回っていたため、稽古場は歌舞伎初心者がほとんどだったので、時間を設けることができた。強面だけれどもどちらかというと控え目な印象の松五郎さんのレクチャーは親切かつ的確。皆熱心に聴き入り、慣れぬ動きを何度も繰り返した。若い役者が多かったこともあってか、稽古時間を過ぎても、マットを敷いて遅くまで練習していた。

 パーカッションと附打だけで

 今度の「三人吉三」の最も大きな挑戦の一つが下座を置かないことである。つまりお囃子は入らず、生演奏はパーカッションの関根真理さんと熊谷太輔さんが日々交代で入り、それから附打(つけうち)の山崎徹さん、あとは録音。録音された音楽なり効果音なりを流すということ自体歌舞伎に於いては極めて稀なこと。しかしコクーン歌舞伎ではこれまで何度か挑戦している。椎名林檎さんのオリジナル曲を流したのが一番有名で、これが前回の「三人吉三」。しかし前回はまだ下座があった。今回は完全にない。

 ちなみに音楽編成のところに附打の徹さんを加えたが、御存知のように附打は舞台向かって右手の前方で、見得や動作、立ち回りに合わせてバタバタと板を拍子木2つで叩く役目で、音楽とはまたちょっと違うのだが、長年コクーン歌舞伎に関わってきた徹さんは、そこでジャズ演奏をする方々などと出会い、すっかり意気投合して、今ではかなりラディカルな附打に変化(へんげ)する。とにかくそこら中からさまざまなモノを持ち込んで、密かに鳴らす。金勘定をする鷺(さぎ)の首の太郎衛門が出て来るとそろばんを弾く。長屋になれば茶碗を叩く。パーカッションと呼応しながらさまざまな遊び心を持ち込む稀有な附打なのだ。

 さて、ここから下座なしの中で立ち回りを組上げて行く難しさへと話は進むのだけれど、文字数限界。イザ次回へと続けましょうか。(演出家 長塚圭史、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■ながつか・けいし 1975年5月9日、東京生まれ。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。ロンドン留学を経て、新プロジェクト「葛河思潮社」を立ち上げた。9月に葛河思潮社の第4回公演『背信』(ハロルド・ピンター作、喜志哲雄翻訳、長塚圭史演出)を上演。出演は松雪泰子、田中哲司、長塚圭史。

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