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イスラム国の狡猾な情報戦略 渡辺武達

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イスラム国の狡猾な情報戦略 渡辺武達

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「後藤さん殺害か」と伝えるニュースを映し出す街頭の大型テレビモニター=2015年2月1日、東京都内(ロイター)  【メディアと社会】

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が、人質にしていたフリージャーナリストの後藤健二さん(47)を殺害する映像を1日に公開した。後藤さんが、中東の戦場で犠牲になっている一般住民の現状を伝え、戦争をなくすための情報提供で大きな貢献をしてきたことを考えれば、これは家族にとってはもちろん、日本人だけではなく、人間社会の幸せを求めるすべての人々にとって想像を超え悲しい事件である。

 この蛮行は、いかなる理由をつけても正当化できない。救いは、ごくわずかな「イスラム国」に同調する組織以外のすべての政府とメディアが、それを許してはならないという考え、その根絶を訴えて報道していることだ。筆者もその思いを同じくする。ショックにうちひしがれているだけでは未来に生かせる方策は生まれてこない。

 メディア担当わずか20人

 今回の事件の特長の一つは、「イスラム国」側が情報発信にインターネットを狡猾に利用し、それに日本を含む利害関係国や関係者が振り回され、一般のメディア報道が、それを増幅することによって、「イスラム国」の希望通りにその発信情報が世界の隅々にまで行き渡ったてしまったことである。このような悪循環を止める方法はあるのか。

 かつて、中東などでの民主化運動「アラブの春」で、ネットによって動いた政権打倒運動で大統領となり、ネットで広がった反政府運動で大統領を追われたエジプトのモルシ氏は「テロリストのネット利用を禁止せよ」と述べたそうだが、そんなことは物理的に不可能だ。

 「イスラム国」のメディア部門の従事者は20人ほどだと、脱出者が証言している。日本のNHKの場合、外郭の制作組織を含めると1万人以上、テレビの在京キー局でも制作会社を含めるとそれぞれ5000人近いスタッフがいる。全国新聞の人員もほぼ同じである。

 それに比べわずかな人数の「イスラム国」が、高い対外広報効果を発揮しているのは、ネットは知りたい人がのぞきに来る「参照系メディア」であることを熟知しているからだ。実際、2人の日本人人質の安否情報について、日本の政府もメディアも、そして他国の情報機関でさえ、24時間体制で「イスラム国」側からのネット投稿を注視していた。

 クチコミでの伝達を徹底

 「イスラム国」は、規律違反者を見せしめに公開処刑することで恐怖心理によって組織内部を引き締め、内部の秘密情報はクチコミでの伝達を徹底している。それは他者を従わせると同時に、最も効果的に情報を伝える巧妙な技術ではあるが、そこにはコミュニケーションの究極目標である人間的な幸せの醸成というものがまったく欠如し否定されている。

 事件に対する反応は、海外でも同じである。筆者は2日の夜、中国中央テレビ(CCTV)の国際英語チャンネル番組「World Insight(世界洞察)」からの要請で、後藤さん殺害事件がもたらす日本社会の動向について、中国の国際問題専門家と衛星中継で議論した。そこでも冒頭で司会者が日本への哀悼の意を表し、専門家も同様であった。中国でも、「イスラム国」に戦闘員として参加している者が少なからずいるという国内的現実がある。

 情報技術の進化が進み、誰もがそれを利用できるなかで、国家の安全保障を叫ぶだけでは、解決作は見いだせない。中東だけでも1000万人以上と推計される戦争難民がおり、その増加が「イスラム国」問題の根本にあることを認識しなければ、テロリズムを根絶させることは困難であろう。ネットも一般メディアも現実の一面だけを切り取り、国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏が言う「人間の安全保障」を置き去りにしたままでは、社会的安全の保障もまた難しい。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS

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