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米国習慣「チップ廃止」の波紋 高級レストランなぜ踏み切った?

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

米国習慣「チップ廃止」の波紋 高級レストランなぜ踏み切った?

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チップ不要を知らせる案内を店頭に掲示したニューヨークで人気の居酒屋「Riki(リキ)」。ネット上でも話題となっている  さて、今週は久々となる「食」のお話です。

 米国に旅行に行かれた方ならご存じだとは思いますが、米国のレストランで食事をすると、食事代の他にチップを取られます。大体食事代の10%~20%が相場ですが、計算するのがめんどくさいので「こんな制度やめて、最初から食事代に含めておけばいいのに」と思ったみなさんも少なくないと思います(記者もそうです)。

 そんなみなさんに朗報です。いま、米国ではこのチップという制度を廃止するレストランが増えつつあるというのです。

 5月6日付フランス通信(AFP)や5月8日付英紙デーリー・メール(電子版)などが報じていますが、ロサンゼルスやニューヨークでチップ制度を廃止した有名レストランが続々登場し、その試みを評価する声が高まっているのです。

 そもそも、チップの制度が登場したのは18世紀の欧州で、何かのサービスのお礼として「これでお酒でも飲んでください」との意味合いを込めて渡した小銭が起源と言われています。当時は金額も特に決まっておらず、上流階級の間で習慣化していたようで、それが米国などにも広がっていったようです。

 しかし“チップ大国”で知られる現在の米国では、チップは重要な意味を持ちます。なぜなら、レストランのウエイターやウエートレス、ホテルのポーターなど、チップをもらう接客業に従事する人々は、チップも彼らの給与とみなされているため、賃金がもともと低く設定されているのです。

 米国が定める連邦最低賃金は時給7ドル25セント(約740円)ですが、レストランのウエイターやウエートレスなどでは、合法的に時給2ドル13セント(約217円)という低賃金労働を強いられている人々も。世界的に見ても物価が最も高い都市の1つ、ニューヨークでも彼らの時給は5ドル(約510円)からとなっています。

 平たくいえば、彼らはお店側から最低賃金すら保障してもらえず「足りない分はチップで稼げ」と言われているわけです。

 そんななか、まず話題となったのが、昨年9月3日付米紙ニューヨーク・タイムズや9月6日付米ABCニュース(電子版)が報じていますが、ニューヨーク・マンハッタンの寿司店「Sushi Yasuda(スシ ヤスダ)」やニューヨーク・ブルックリンの「Atera(アテラ)」や「Chef’s Table at Brooklyn Fare(シェフズ・テーブル・アット・ブルックリン・フェア)」、サンフランシスコの「Coi(コイ)」、カリフォルニア州バークレーの「Chez Panisse(シェ・パニッシュ)」、シカゴの「Next(ネクスト)」と「Alinea(アリニア)」といった名だたる有名店の数々がチップを廃止したのです。

 とりわけ「スシヤスダ」は、レシートの下に「日本の慣習にのっとり『Sushi Yasuda』の従業員には給与が十分支払われております。従ってチップは頂きません」としっかり明記しています。

 このレシートの一件がさまざまなメディアで報じられ、都心部のレストランでのチップ廃止の動きが加速したようです。

 そして前述のAFPなどによると、今度は同じニューヨークで人気の居酒屋「Riki(リキ)」が店頭に「リキ・レストランはチップが要らないお店です」、「チップは不要かつ、求められていません」との案内を掲示し、話題を集めています。

 こうした動きについて、米コーネル大学ホテル経営学部のマイケル・リン教授はAFPに、チップを廃止したのは高級なレストランが多いと説明し、食事代にチップを含めることで、チップを少なく渡す客からウエイターやウエートレスを守ることができるといった効用を主張しました。

 しかし、マイナス面もあります。チップを廃止した場合、メニューにチップ代が含まれることになり、メニュー自体の価格設定が必然的に高くなります。そうなると多くの米国人は、お店が単に値上げしただけだと勘違いするのです。

 前述のマイケル・リン教授も「米国人はチップを食事代と考えていないことが多い。その店の価格設定が高いかどうかを判断する際、チップは考慮に入れないのです」と話し「チップを取るレストランは、チップを取らないレストランより(メニューの価格を)15%安くできるでしょうが、それはチップを期待しているからです」と説明します。確かに、チップの分を含めれば顧客が支払う総額はほぼ同じになりますからね。

 また、前述のニューヨーク・タイムズ紙によると、チップにはもともと、ウエイターやウエートレスといった接客担当の人々と、キッチンなど裏方で働くスタッフの賃金を均等化するという雇用者側の狙いもあるのですが、キッチンなどで働く人々の中には不満を持つ人もいるほか、当の接客担当者同士でトラブルが発生する事例も少なくなく、訴訟に発展するケースも珍しくないといいます。

 チップを最初からメニュー代に含んでおけば、店側にとっては、こうした従業員の不満などを解消できます。

 ロサンゼルス市郊外グレンデールにある有名レストラン「Brand(ブランド) 158」を経営するガブリエル・フレム氏も、チップを廃止することで客の気まぐれから従業員を守ることができると考えており、AFPに対し「われわれは面接などで、能力があり、期待に応えてくれると判断した人々をウエイターやウエートレスとして雇用している。期待に沿わない人材なら去ってもらうが、気まぐれな理由に基づいた客の思い付きの計算で従業員の賃金が左右されたいとは思わない」と明言します。

 また、レストランのマネジャーたちの中には、前述したチップ廃止の利点により、従業員の離職率の減少やモラルの向上が期待できると考える人も少なくありません。

 顧客の中にも考えが変わったという人がいます。週に最低2回は外食するというニューヨーカーの若者、ノエル・ウォーレンさんはAFPに「当初は怠惰な接客態度をとる接客担当者には、チップを減らして対抗してやろうと思ったが、なぜ彼らが最初から好ましくない接客態度を取るか考えてみた。それは多分、客がチップを弾んでくれるという期待感が持てないからだろう。しかし、働きぶりに対し適切な対価を得ることができれば接客態度も改善すると思う」と述べ、チップ廃止の効用を評価しました。

 この動き、米国内ではニューヨークやロサンゼルス、シカゴといった大都会だけで、田舎には広がらないとの指摘もありますが、既に米国外にも広がり始めています。

 5月9日付のカナダの日刊紙タイムズ・コロニスト(電子版=ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアの地元紙)によると、バンクーバー東岸に6月開業する新しい複合商業施設内のレストラン「スモーク・アンド・ウォーター」が、チップ不要のレストランになるというのです。

 チップ不要のレストランは恐らくカナダ初といい、このレストランの経営者は、チップを不要にする代わりに、同業他社のお店などに比べ、メニュー価格を18%高くし、その分、従業員の雇用を守り、福利厚生などを充実させたいと話しています。

 タイムズ・コロニスト紙はこの試みについて「日本やオーストラリア、ニュージーランド、そして欧州の一部で採用している、従業員に生活賃金を支払うというビジネスモデルを意図している」と報じました。

 カナダの観光学の専門家はタイムズ・コロニスト紙に「カナダのレストランのビジネスモデルが変わるときが来た。今後5年の間に、5割の確率で、カナダのレストランはチップ不要へと変わっていくだろう」と予測しました。

 日本食(和食)が世界で評価を高めるなど、食の国際化が進むなか、米国のレストランのビジネスモデルも本格的な“国際化”時代に突入し、変革を余儀なくされているようです…。

(岡田敏一)

 【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部などを経て現在、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。

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