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感染したユーチューバーを「名指し」…異例対応と個人情報の壁

 新型コロナウイルスの新規感染が見つかった場合、自治体は個人情報に配慮し、感染者の「氏名」を伏せることが通常。ただ、この「常識」を覆すような事態が山口県で起きた。感染が判明したユーチューバーの周囲で感染者が相次いだことを受け、同県知事が名指しで批判するなどの異例の対応に出たのだ。怒りをあらわにし、「やむを得ない」とした県知事。しかし個人情報保護やリスクマネジメントの観点から問題はないのか。専門家に話を聞いた。

 相談千件近く

 「握手や撮影をしたが感染しないか」「彼の行動歴を全て教えてほしい」。山口県の担当部署には7月21日までに938件以上の相談が寄せられた。「彼」経由とみられる県内の感染者は3人に上った。

 彼とは「へずまりゅう」の名で活動するユーチューバーの男(29)。6月29日以降、東京や静岡、広島などを経て、山口に入ったという。

 問題が表面化したのは、男が7月11日に愛知県警に窃盗容疑で逮捕された後だった。勾留中の13日に発熱し、15日には新型コロナへの感染が判明した。

 男は逮捕3日前の8日にはせきの症状があり、「コロナ」と話す動画を投稿していた。一方、男は10、11日に山口県に滞在。「出待ちしとってくれてありがとう」「山口県最高じゃ」。インターネットに投稿された動画によると、山口でファンとみられる人たちに気軽に対応していたが、口元にマスクはなかった。

 山口県は同月17日、男と会食したり、たまたま居合わせたりした男女2人の感染を発表。「何ということをしてくれるんだ」。同日の記者会見で村岡嗣政(つぐまさ)知事は怒りをぶつけ、「感染の認識があったのだとすれば、一方的な接触はとても信じられない」と批判した。

 〈ユーチューバー「へずまりゅう」に関連する疫学調査について〉。事態を重く見た県はこのタイトルで17日以降、報道発表を続ける。関連する相談件数やPCR検査数を公表し、情報提供を求めた結果、男に由来する感染の拡大という懸念は現実のものとなった。

 愛知県では、山口市内から男を車で移送した警察官やその家族、勾留先の容疑者ら複数人の感染が判明。大村秀章知事も会見で「大変遺憾だ」と語気を強めた。

 「特殊なケース」

 山口県は「男由来の感染」について情報提供を求めるにあたり、男について「へずまりゅう」とユーザー名を公表した。特定の個人を識別できる情報は一般的に個人情報に該当し、慎重な運用が求められる。

 ただ、例外的なケースもある。個人情報保護法や同種の条例によると、「人の生命、身体、財産の保護」や「公衆衛生、児童の健全育成」に必要な場合だ。

 村岡知事は7月31日の記者会見で「極めて異例だが、やむを得なかった。不特定多数と接触しており、名前を明らかにしなければ感染拡大を抑えられないと判断した」と説明した。

 専門家はどう見るのか。

 個人情報保護に詳しい岡村久道弁護士は、感染症法や同県の条例の公表基準に照らした上で「感染拡大を抑えるという十分な合理性がある。県の対応に全く違法性はない」と指摘。男には一定の知名度があったとして「注意喚起の意味合いでも妥当だった」とする。

 新潟大学の鈴木正朝(まさとも)教授(情報法)は、男の一連の行動を「反社会的」と批判しつつ、一般論として相手が一般人だったり、目的が社会的制裁だったりした場合、個人を特定した公表は「自治体の対応として不適切となる」と指摘する。

 ただ、鈴木教授も男には一定の知名度があり、県の公表も濃厚接触者の特定を目的にしていることを踏まえ、「公表が許される特殊なケース」と話した。

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