なぜ今なのか「Go Toトラベル」
新型コロナウイルスの感染が再び拡大している。全国の感染者数は累計で4万5000人を超え、死者も1000人を上回った。新規感染のうち半数以上が感染経路不明で、なお増え続けていることも不気味だ。(産経新聞客員論説委員・五十嵐徹)
そんな中で政府は、観光需要の喚起策として「Go Toトラベル」事業を進めているが、旧盆で大都市圏からの里帰りもピークを迎えている。地方ではウイルスの拡散が一気に進むのではないかと懸念する声が強まっている。
菅義偉官房長官は6日の記者会見で「(コロナ禍で)観光業が瀕死(ひんし)の状況にある中で、感染対策をしっかり講じているホテルや旅館を中心に支援するものだ」と事業の意義を繰り返した。だが、地方には感染すれば重症化しやすい高齢者が多いうえ、医療体制も大都市部に比べればはるかに脆弱(ぜいじゃく)だ。不安は隠せない。
ちぐはぐな国の対応
産経は2日付主張(社説)で「地方が『来てくれるな』と拒んでいるのに、国は推奨している」と事業の実施を急ぐ政府の方針の矛盾を突き、実施のタイミングは「国民には極めて分かりにくく、『地方自治体としっかりと連携を取り、必要な対応を講じていく』と述べた安倍(晋三)首相の言葉にも疑問符がつく」と、ちぐはぐな対応に苦言を呈した。
安倍政権を後押しすることが多い産経ですらこうだから、他紙は推して知るべし。日ごろから首相に厳しい朝日は2日付社説で「政府の動きはいかにももどかしく、頼りない」とにべもない。
毎日も1日付社説で「Go Toトラベル事業は一旦停止すべきだ。東京発着を除外する措置も、感染が全国に広がる現状からは合理性を欠く」と辛辣(しんらつ)に批判した。
Go Toトラベルは当初、8月の開始予定で、これについても慎重論が多かったが、政府はさらに7月22日へとスタートを前倒しした。
専門家による政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長によれば、分科会は状況判断にもっと時間をかけるよう提言したというが、取り上げられることはなかった。
東京発着の除外を決めたのも事業スタートの直前だった。大都市圏での感染拡大が理由だというのなら、毎日社説が主張するように、そもそも事業開始を遅らせるのが筋だろう。
相次ぐ朝令暮改は、政策当局の混乱ぶりを際立たせている。これでは事業そのものに対する国民の不信感は拭えない。
菅長官の指摘を俟つまでもなく、観光は地方経済の柱の一つだ。これ以上、地方を疲弊させないためにも、政府が何らかの手を打ちたい気持ちは分かる。しかし、問題はタイミングとして「なぜ今なのか」ということだ。
求められる説明責任
Go Toトラベルの事業意図そのものには賛意を示しながら、実施時期については旅行需要のピーク時は避けるべきだとする意見は有識者の間でも少なくない。新型コロナとの戦いは長期戦が避けられず、支援事業は需要の平準化にこそ生かすべきだというのが、その大きな理由だ。
豪雨被害に見舞われた九州地方などでは新型コロナの感染を懸念して、ボランティアですら県外からの受け入れは断っている。それが、Go Toトラベルだけは例外だというのでは筋が通らない。
観光が不要不急だとは言わないが、少なくとも例外扱いしてでも、この時期に支援事業の実施を急ぐというのなら、その理由は何かを政府は分かりやすく説明すべきだ。
地方振興には、地域の実情に合わせたきめ細かな支援が欠かせない。政策当局は全国一律に同じ手法で押し通そうとしているように見えるが、その理由、効果についても明確にすべきだ。
日経1日付社説は「全国一律の数値基準は現実的ではない」とし、「よりどころとなる指標や指針があれば地域の実情に応じた対策づくりに役立つ」と指摘している。その通りだろう。
一方、産経2日付主張は「キャンペーンに促された旅行者が医療態勢が十分ではない地方にクラスター(感染者集団)を発生させれば、これは悲劇である」と警鐘を鳴らしている。
事実、ここに来て若者に人気の観光スポット、沖縄の離島などでも感染者が出始めた。憂慮すべき事態だと思うが、政府はどう受け止めているのだろうか。