【オープンイノベーションの手引き】ステップ(4)“痛み”に鈍感な大企業 まずやるべきことは「自社分析」

2021.9.29 07:00

 日本のイノベーション創出を促進しようと、経済産業省は、事業会社とスタートアップによる連携の手引きを取りまとめています。しかし、そのボリュームは膨大です。本連載は経産省の手引きをベースに、オープンイノベーション支援をおこなうeiicon company(エイコンカンパニー)代表の中村亜由子氏が、社外との事業提携を成功させるための各種ノウハウをわかりやすく解説するコラムです。業界の第一線に立ち、その課題と動向を熟知したプロがアドバイスします。

《オープンイノベーション実践における自社の理解(大企業編)》

 前回まで、2回にわたりオープンイノベーションの失敗事例や乗り越え方を説明してきた。今回は大企業の方に向けて、「オープンイノベーション実践」を見据えた際の「自社分析」の重要性についてお伝えしたいと思う。

危機感と焦燥感の正体

 大企業に勤めるビジネスパーソンは得てして事業の行き詰まりや経営破綻への危機感を持たない。「そんなことはない。強い危機感を持っているよ!」という方もいるだろう。それは嘘ではないと思う。ただし、おしなべて「本気で危機感を持っている」と言い切れるであろうか。さらに、危機感を持つと主張するあなたは「焦燥感」を持っているか? と問われたらどうか。

 自身のスキル・能力が会社の未来を左右する、ひいては日本の未来を左右する。だからもっともっとやらねば、なんとしてもやらねば…、どうしよう、どうやったらできるんだ、でも走れ走れ…。そう感じているだろうか。

 では、そもそも「危機感」と「焦燥感」は必要なのか。どうしても持たねばならないのか。

 私はそうは思わない。「スタートアップには危機感があり、大企業には危機感がないからダメなんだ」という文脈で使われている場合において言えば、この比較はナンセンスだとすら言えると思う。「危機感」や「焦燥感」は内発的な人間の感覚であり、「危機感を持て」と言われても残念ながら持つことはできない。「焦ろう」と言われて焦ることができるものでもない。

 ただ、重要なのは「焦る必要があるのか」、「面前に危機が迫っているのか」だ。本来は「死」が目前に迫っていて、走ることができれば避けられる「死」だった場合、それはなんとしても「危機」に気づかなければならない。「目前に迫る死」に気づかないことなどあるのか。それがあるのが大企業の怖さだ。

 「死」が迫る。この企業の死とは、比喩ではない。事業が立ち行かなくなり、企業としての死を遂げることを指す。そして、この死は全ての企業に等しく訪れる危機であるともいえる。移り変わりゆく世の中のニーズを察知し、適応していかなければ、企業はいずれ死ぬ。

 経済学者のピーター・ドラッカーが約40年前に提唱したイノベーションの7つの機会。彼は、この7つの機会を明示し、これらに適応していくことができない企業は衰退すると説いた。

予期せぬ出来事:顧客の反応や売れ筋など成功・失敗における現実の変化

ギャップの存在:需要と業績、常識と実際などにおける差異

ニーズの存在:プロセスや労働力、知識などに対するニーズ

産業構造の変化:急速な成長やそれに伴う対応など、産業・市場の変化

人口構造の変化:人口増減や少子化、高齢化など人口構造の変化

人の認識の変化:生活様式など人々の価値観や認識、知覚の変化

新たな知識の出現

 時代は変わる。その時代に適応していかなければ企業は死ぬ。「死と向き合い、死に抗えているかどうか」それが、危機感と焦燥感の正体である。

大企業が陥りがちな「無痛感」と衰退

 大企業は、規模の小さい企業に比べ、この危機感と焦燥感を感じにくい。それは事実だ。大きなカラダは、痛みを鈍化させる。企業は人の集合体であり、規模が大きくなれば業務も細分化される。

 業務の細分化は痛みの鈍化に直結する。例えば、非常に優秀な人材が、「製品のスピードを、0.1秒早めるために研究に没頭している」。これは製品の競争力を高めることに直結する仕事なのだから、必要なことである。

 ただし、企業としての意思決定・競争優位性、リソースを意図的に投下していることなどを理解せずに、ただその部の管理職や社員が職務を全うし続けることは今の時代に取り残されていくことを意味する。他の仕事もすべて同様だ。

「ひとつのミスなく経理処理を期日までに終える」

「月次の営業予算を達成する」

「納期までに開発を終える」

 仕事が、企業においてなぜそう定義され、意思決定され、遂行されているのか。スタートアップの場合、創業社長が近くにいて意思決定や戦略も感じやすく、自身の仕事・ミッションの遂行が、会社の何を担うのかを理解しやすい。規模が小さいからこそ、「生き残る」ことに貪欲であるし、必死だ。わずかな風でも吹き飛ばされる。小さいからこそ危機を常に感じている。

 大企業の場合、風が吹いても飛ばされない。創業社長がすでにいないケースも多い。多くの社員が在籍し、意志決定機関との距離もできる。そうなると、戦略を肌で感じることは難しい。戦略は「戦う」という文字を使う。戦う理由、戦い方、戦いの先を感じられないことは、仕事の陳腐化を意味する。そうして今ある痛みに気づけなくなる。これから来る痛みを察知できなくなる。仕事を陳腐化させることは「機会」の発見から遠のくことをも意味し、企業は衰退する。

ではどうするのか

 必要なことは、まず「自社を理解する」ことだ。社長含め経営幹部、中間管理職、そして全社員が、自社を理解することが非常に重要だ。

(1)自社の存在意義:

 そもそもなぜ会社として自分たちは存在するのか。なぜ設立され、何をする会社なのか。これを理解し、共通言語を社員全員でもつこと。ここがスタートだ。

(2)自社を取り巻く環境:

 そのうえで、今、世の中はどうなっているのか。どんな変遷をたどり、どうなっていくのか。その現代において、自分たちがすべきことは何か。

 自社がすべきこと((3)自社がとるべき方向性の可視化)が明らかになってくればその方向に向かって全社員で進むだけだ。方向性は仮説と検証の繰り返しである。「思考し試す」ステップであり、まさに戦い方、戦略そのものにリンクする。

 大切なことは、(1)(2)(3)の順で整理したものを全社員で共通の理解にしておくという点である。自社の存在意義と自社を取り巻く環境分析は、そう簡単には覆らない。ただし、この(1)(2)(3)は、常に問い続け、常に分析し続けることが大切で繰り返すことに意味がある。このステップを繰り返すことは、大企業が息を吹き返し、戦意を取り戻すことにつながる。危機感の発見に繋がることも往々にしてある。「このままでいい」企業など世の中に存在しないからだ。

オープンイノベーション実施の適切なタイミング

 オープンイノベーションを検討するのは?自社がとるべき方向性の可視化のあとだ。(4)はイノベーション戦略である。自社の方向性が定まったのち、そのゴールの設定から逆引きでイノベーション戦略を組み立てる。イノベーションが「未だ見ぬ革新的な価値」である必要は、他者、顧客にとってであり、イノベーションを巻き起こそうとする自社は、得てして戦略的かつ意図的に「イノべーション」を起こす。

 「飛び地」といえる新規事業においても同じだ。今まだない商品で今まだない市場を攻める。ただしこれは、「何か新しいこと」ではない。具体的に意図的に「飛び地」を狙うのだ。

 なぜそう考えてしまうのか? それはやはりここまでのステップ(1)~(3)を飛ばしてしまうことで、存在意義や危機感と紐づいていない「イノベーション戦略」が多いからなのだろうと想像する。断言するが、自分たちが意図していない「イノベーション」を自社が起こせるわけがない。方向性を可視化し、思考し試す段階で、「まだ攻めたことのない市場」にチャレンジする際には最初の試金石、テストマーケティングの意図で他社との連携を模索する。

 また、今までの延長線上ではない技術や事業が「自社がとるべき方向性」の先にあらわれた際に、ゼロイチで創ることでのマイルストンと他社との協業の可能性の模索を同時並行で行うこともよいだろう。要は、オープンイノベーション実践は、会社のイノベーション戦略上にあらわれる手段なのである。(解説:eiicon company 代表/founder 中村亜由子)

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TOMORUBA(トモルバ)

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