【サスティナブルにっぽん~千葉県】保存が利いて食品ロスも少ないと注目 醤油の町・野田のせんべい

野田市内10店のせんべい。大きさも堅さも味もさまざまだ
野田市内10店のせんべい。大きさも堅さも味もさまざまだ【拡大】

  • 米澤屋の堅焼き。押しごてを使うタイミングの見極めが勝負
  • 野田市内にある平井屋煎餅店の「鬼焼き」。職人2人のリズミカルな手さばきは見応えあり
  • せんべいの食べ比べセット。今年は野田市内にある清水公園のさくらまつりやつづじまつり期間中に販売の予定(野田市観光協会提供)
  • 沢野有希

 調味料の「さしすせそ」の「せ」、「せうゆ=醤油」。キッコーマンの醤油は世界100カ国以上で販売され、今や国際的調味料だ。そのキッコーマンやキノエネ醤油などが生まれたのが、千葉県野田市である。

 史料によると、野田の醤油は、1661年に高梨兵左衛門が醤油醸造を始めたことに始まる。原料になる塩や大豆、小麦が手に入りやすかったこと、利根川と江戸川にはさまれ、水運に恵まれていたこと、大消費地の江戸が近かったことなどから、この地で醤油醸造業が発展していった。

 工場近くでは醤油や大豆の蒸した香りが漂う同市には、醤油と切っても切れないお菓子であるせんべい店が市内に10店あり、「野田せんべい」として知られている。このうち、野田煎餅(せんべい)商工組合に加盟する6店では、野田特産醤油と各種検査を受けた100%国産うるち米を使った醤油せんべいを「野田せんべい」として販売している。

 西日本や東北地方では小麦粉を使ったものをせんべいと呼ぶが、関東甲信越では米を使ったものを呼ぶ。醤油が塗ってあり、しょっぱいので「塩せんべい」と呼んでいた時代もあり、今も店の看板や包装紙などにその表記が残っている。

 野田せんべいは江戸川沿いか、その西側を通る日光街道を通って製法がもたらされたと考えられている。また、醤油作りに携わっていた人足さんが、小腹が空いたときに持ってきて乾いたおにぎりを焼き、醤油をつけて食べたという話もある。

 店によって味も堅さも大きさも異なり、機械焼きだけでなく、手焼きに力を入れる店もある。押しごてを使った堅焼きや、ぷっくりふくれた鬼焼きなど、食べ比べるとその違いに驚き、つい、手が伸びる。

 せんべいの特徴は、保存がきくこと。以前、保健所の要請で賞味期限を決める際、冷暗所保存と出来たてのものを科学的に比較しても品質にまったく差がなかったため、自分たちの判断で賞味期限を決めることになったという。湿気に気をつけて冷暗所で保存すれば、2~4カ月は大丈夫だという。

 しかも、1枚で、ご飯1膳分ぐらいの米を使うため、お茶を飲みながらせんべいを2、3枚で満腹になる。軽くて持ち運びも簡単なので、非常時や山での行動食にもぴったり。まさに保存料がなかった時代からの保存食だ。

 食品ロスが少ないという特色もある。過去のデータから材料の発注量を調整し、焼く前に割れたものは揚げせんべいにしたり、焼いたあとに割れた場合は「久助」として販売したりするためだ。市内には、廃棄ゼロの店もあるという。

 市内のせんべい店「米澤屋」の代表取締役で野田煎餅商工組合長を務める米川幸克さんは、「店ごとにファンがいる。だから市内にこれだけ店があってもやっていける」と話す。

 近隣市の幼稚園から、園児に化学調味料を使っていない堅い煎餅を食べさせたいとオーダーがあったり、海外から7千円の送料をかけても食べたいとネット注文があったりするという。

 この地で何代にもわたり愛されてきた野田せんべい。新たな元号の時代には世界でも愛用されるお菓子になっているかもしれない。(おわり)

【サスティナブル】

1992年の第1回地球環境サミットで初めて提唱された「持続可能な発展」という考え方。以後、国や産業の発展には自然環境への配慮が不可欠であることが世界的に広く浸透している。本コラムでは、サスティナブルな社会を目指す日本各地の取り組みを紹介する。

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 さわの・ゆき 日本道路交通情報センターを経てbayfm情報アナウンサー。トレイルランニング&大会MCは10年以上。

【局アナnet】 2004年に創設された、全国の局アナ経験者が登録するネットワークサイト。報道記者やディレクターを兼ねたアナウンサーが多く、映像・音声コンテンツの制作サービスを行っている。自社メディア「Local Topics Japan」(http://lt-j.com/)で地方のトピックス動画を海外向けに配信中。