キャリア

ホリエモンが東大卒を捨てた理由 堀江貴文はこう起業家人生をスタートした (1/3ページ)

 本当にそれは必要ですか? 良くも悪くも、あなたの持ち物は重くなってはいないでしょうか。大切にしていた「はず」のモノで、逆に心が押しつぶされそうになってはいないか。だから、ビジネスも人生も「捨てる」ことからはじめよう。「これから」を、病まないで生きるために。

 僕は「時代の寵児」と呼ばれてから一転して逮捕・収監を経験しました。その後、令和元年、ついに日本初の民間ロケット打ち上げ実験を成功させることができました。その折々にあったのは「捨てること」「持たないこと」を徹底した思考法でした。

 もし、自分にある種の強さがあるとすれば、それは「捨てる」ことへの、ためらないのなさかもしれないと思っています。幼少期の原体験から東大、ライブドア時代と、久し振りに自身の半生をゼロから振り返った「原点」を新刊『捨て本』(徳間書店)に記しました。

 逆境にあっても未来を見据えながら、今を全身全霊で生きる。そのために、捨てるべきものは何か。持っていなければいけないものは何か。ライフハック、お金、仕事から人間関係まで、「所有」という概念が溶けたこの時代に最適化して、幸せに生き抜くためのメソッドをつづっています。今回はビジネスにまつわる「捨てる」ことの意義を、3回に分けて紹介していきます。

 競馬にハマった学生時代

 僕は生来のギャンブル好きだ。

 学生時代、アルバイト先の先輩に誘われたのをきっかけに、どっぷり新しいギャンブルにハマってしまった。競馬である。最初の競馬で、一点張りが当たり、2万円の馬券が12万円弱に化けた。

 「なんだ、これは!?」。バイトで稼ぐ1カ月分のお金を、一瞬で得られた。その快感にとりつかれた僕は、以降1年ほど、ほとんどの時間を競馬に費やした。ハマり癖が悪い方に出たというべきか……。最初に誘ってくれた先輩も引いてしまい、みるみる負けがこんで、極貧生活になってしまった。1500円の手持ち金で1カ月を過ごさねばならないときもあった。

 大学4年になると、割と本気で「馬券で食っていこう!」と考えていた。学業からは、とっくに離れてしまっていた。生活の中心は、もう完全に競馬。それほど馬券が当たったときの金額のリターンと、得られる快感が大きかったのだ。しかし、世の中とのつながりが競馬だけになってしまうのは、さすがにまずいと思った。気付いたら成人していた。否が応でも、何か仕事に就かなければいけない。

 水が低きに流れるように、自然に身を任せる

 そんななか、目に入ったのはPC関連の仕事だった。中学時代、プログラムが得意だったのを思い出した。最初に見つけた会社で仕事をしているうち、プログラムの技術を「再起動」させた。スキルが高まり、もっと高い報酬をくれる別の会社を探した。そして某ベンチャー企業の子会社に、データ入力業務で採用された。

 僕にはPower Macが与えられた。当時はとても高額で、貧乏学生にはありがたいツールだった。それ以降、現在まで僕はMacユーザーを通している。新しい会社では、すぐに通信のサポート業務など、他の仕事を任されるようになった。スキルはすぐに高まっていった。

 学生時代は、特にIT業界への道を目指していたわけではない。その場その場で選択を重ね、やがて何かに導かれるように、僕の行くべき道が開かれていったような感覚だ。僕には人生の指針などないのだけれど、大事にしている考え方は、いくつかある。ひとつは「水が低きに流れるように、自然に身を任せる」ことだ。

 水は、山から集まって、やがて川となって流れていく。ときには滝もあるし、穏やかに流れていくこともあるだろう。さらに小さな川は集まり、大河となって、ゆったりと広い海に流れこんでいく。何者にも、せき止められない。せき止めようとしても、流れはどこかで必ず生まれ、別の支流から川となる。

 例えば、水に飲まれ、滝から落ちそうになってしまったら。そうならないよう努力はすべきだけれど、滝が間近に迫ったときは、どうしようもないのだ。「落ちたくない!」などと考えて、もがいても仕方がないと、僕は思う。「滝から水は落ちるもの。抵抗しても意味はない」と受け入れ、流れに身を任せてしまうのが最良だ。滝に落ちても、必ず浮上するチャンスはある。滝の向こうに延びる、また別の大きな流れに飛びこめたと考えればいいのだ。

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