被用者年金の適用拡大議論に隠された本丸
実は厚生年金の適用拡大については、企業規模要件の見直し以外に、余り議論されていないが将来に向けて重要な論点がある。いわゆるフリーランス(雇用的自営)や複業者(マルチジョブワーカー)への適用問題である。
業務IT化の進展や情報通信技術の飛躍的発展により、企業内業務の多くが外注可能になり、これを業務委託契約で請け負うフリーランス(雇用的自営)が増えている。今後も、いわゆる「ギグ・エコノミー(インターネット経由でスポットベースの仕事を受発注する経済)」の拡大で、雇われない働き方は一層増えていくだろう。
フリーランス(雇用的自営)は、農家や商店主、士業といった伝統的な自営業主とは異なり、生産・営業手段を保有せず、基本的には世襲ではなく一代限りというケースが多い。現実には、限られた企業の仕事を請け負う雇用者、なかには非正規労働者に近い存在も少なくない。
一方、複業者の中には、シングルペアレントで、複数事業者で各々週20時間未満のパートタイマーを掛け持ちしているようなケースがみられる。現在、基本的にはこれらタイプの働き手には厚生年金が適用されておらず、彼らの労務に対して企業は社会保険料を支払う必要はない(国民年金には加入義務がある)。
老後、貧困にあえぐ低賃金労働者が増えていく恐れ
そうした状況では、とりわけ今後はデジタル経済の発展により、コスト削減を追求する企業が、インターネットを活用して企業のニーズと個人のスキルを直接マッチングさせるプラットフォーマーを介して、以前は雇用者にやらせていた業務を、低コストで発注できる自営業主の立場で請け負うフリーランスに切り替えるという動きが加速し兼ねない(ギグ・エコノミーの拡大)。
あるいは、社会保険料を回避したい事業所が20時間未満の短時間就労を増やし、生活のために複数の事業者において細切れで働くため、厚生年金が適用されず、老後に貧困を余儀なくされる低賃金労働者が増えていく恐れがある。
そうした動きが広がれば、全体として賃金抑制に作用するほか、シニアの活躍にも足枷になることが懸念される。企業には定年延長などでシニアの活躍を考えるよりも、低コストのフリーランスの活用を優先するインセンティブが働くからだ。
それは、フリーランスというシニアの就労機会を形だけ増やすかもしれないが、低収入で細切れの業務をアルバイト的に請け負うシニアを増やすに過ぎない。シニア活躍のために増えるべきフリーランスとは、職業経験によって確立したプロフェッショナリティーを、発注企業の付加価値創造に活かせるタイプであるはずだ。
そうした望ましい形でシニアがフリーランスの立場で活躍するには、50歳代までに独立を果たしておくことが重要で、年金制度がその選択のディス・インセンティブにならないよう、フリーランスにも厚生年金の適用を拡大すべきである。また、独立準備として副業を行うのは有効な手段であり、その際に年金の基礎となる報酬が通算できるようになれば、本業では短時間勤務を選ぶと同時に副業をはじめるインセンティブになる。
フリーランスへの年金適用のヒントはドイツに
ちなみに、ドイツでは、自営業者は原則として年金保険の強制加入の対象から除外しているが(一般年金保険に任意加入可)、強制被保険者となる一部自営業者が存在する(※2)。
具体的には、独立自営の教育者、看護師、助産師、水先人、芸術家・ジャーナリスト、家内工業者、沿岸業業者、手工業者である。より具体的に見れば、専ら特定の委託者のためだけに業務を行っている場合には「労働者類似の自営業者」とされ、法律に基づき強制被保険者になっている。
強制被保険者である自営業者は、労働者類似の自営業者を含め、原則として保険料の全額を自ら負担する。注目されるのは、芸術家・ジャーナリストのケースで、保険料は芸術家社会金庫が負担するという仕組みが作られている。これは、芸術家・ジャーナリストから保険料の半分を調達し、残りの半分を芸術家・ジャーナリストの仕事を利用する企業の負担と連邦からの補助金で賄うという仕組みである。