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「強い文脈」には嘘がある レモンの展示に見る「弱い文脈」の洗練 (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 この1月、別連載「ミラノの創作系男子たち」に「『生活とは何かを考えさせる国』選んだ日本人の遍歴 独自の想念が作品生む」と題するコラムを書いた。ミラノに住むアーティスト、廣瀬智史さんのアートへの考え方を紹介した。下記は、アートにとって大切なものは? との質問に対する言葉だ。

 「オリジナリティに尽きます。それも目に見えるカタチではなく、作品を生み出す想念自体にオリジナリティがあることが大事です」

 彼へのインタビューは4月10日から前橋市立美術館「アーツ前橋」で開催される彼の個展への想いを、ぼく自身が確認する作業でもあった。

 ややこしいウイルスの活動がやけに盛んになり、展覧会の予定通りの開催が不可能になっただけでなく、一般公開の実施さえも一時は危ぶまれた。だが、幸いにも6月のはじめから展覧会はスタートすることができた。

 予定通りであれば、ぼく自身も日本滞在に合わせ、美術館を訪れるつもりだった。しかし衛生緊急事態がそれを容易に許さない。だから現在ぼくが分かるのは、マスメディアでの批評(この1カ月をみると、全国主要紙がどれも好意的に取り上げている)やソーシャルメディア上にある感想、それに廣瀬さん本人との直接のコミュニケーションなどから知る反応である。

 そのようななかで「なるほど!」とぼくが膝を打った、アートに関心の高い友人から聞いたエピソードがある。

 若手のアーティストたちの間で、廣瀬さんの展覧会の評判が良いと言うのだ。通常、若手は自分たちの感覚への自信と我の強さから、廣瀬さんのようなベテランの域に達したアーティストの作品には辛い点をつけがちだ。それなのに彼らが「廣瀬さんの個展はいいと仲間たちが言っている」という。

 一方、廣瀬さんからは「インスタ映えもするレモンの展示に惹かれてきた一般の人たちが、他の作品群をみて、そちらも気に入ってくれる」と聞いていた。

 ぼくは、これらのエピソードが意味するのは何なのか? を考え始めた。

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